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『今日は天気も良く、気持ちの良い一日となるでしょう! ただ、7番街区付近にお住まいの方々は防寒対策を万全に、不意の凍傷、凍結、凍死に十分に気をつけてくださいー!!』
「……あの、最低気温-10℃とかおかしくないですか?」
翌日。自室のテレビでニュースを見ながらスコットが言う。
「この辺りは暖かいから大丈夫よ」
「いやいや、少しは気にしてください。誰のせいだと思ってるんですか」
「んー、昨日に出てきたゲテモノのせいかな」
スコットの隣で紅茶を飲みながら涼しい顔でドロシーは言ってのけた。
「……」
「それに、ああでもしないと今頃7番街区は住民ごと廃棄されていたわよ。それに比べたらちょっと寒くなるくらいノープロブレムじゃない?」
「そりゃそうですけどね……」
「しかし本当にドロシーの魔法は恐ろしいな……」
「ふふふ、そうね。でもドリーは悪い子にしか魔法を使わないから安心しなさい」
相変わらずスコットの部屋を別荘か何かのように利用するドロシー達。
スコットはもはや抵抗する事自体が無駄な努力だと察し、心を無にして何も感じぬ気に留めぬ姿勢を貫く覚悟を決めていた。
「……んじゃ、そろそろ会社に行きましょうか」
「んー、もうちょっとのんびりしようよ」
「仕事が来てるかも知れないじゃないですか。社長なんだからその辺はしっかりしてくださいよ、子供じゃないんですから」
「むー」
ドロシーはムッと顔をふくらませる。
「最近、スコッツくん生意気よね」
「な、何ですか急に」
「ちょっと前まではもっと可愛げがあったのにー」
「いや、意味がわかりませんけど……俺、何か変わりました?」
「ふふふ、私にはわからないわね」
「……ニックさんは?」
「私にもサッパリだ」
「生意気よー、生意気ー」
何とも言えない空気にスコットは困惑する。
自分はいつもどおりに接しているつもりなのだが、ドロシーには最近の彼が生意気に見えるのだという。
「……俺からすると社長の方が生意気と言うか……最近、益々子供っぽく見えるんですけど」
「むむっ!?」
だが此処でスコットは彼女に反論。
「僕の何処が子供っぽく見えるのよ!」
「え、何処がって……全部?」
「何ですってー!?」
「あっ、す、すみません! 冗談です! 全部ってのは言い過ぎ……」
「年下の癖に生意気よっ! このっ! このーっ!!」
「ああっ! 痛い、痛いっ! ちょっ、やめてくださいよ! 社長!!」
カチンと来たドロシーはアンテナ癖毛をピンと立ててスコットの脛を執拗に蹴たぐる。
「ちょっ、痛いですって! やめて! やめてください!!」
「謝りなさい! 謝りなさいー!!」
「ふふふふっ」
微笑ましい光景に思わずルナは笑みを零す。
「……楽しそうだな、ルナ」
「ええ、楽しいわね。ドリーがどんどん可愛くなっていくのを見るのは義母として最高の幸せだわ」
「あぎゃーっ!」
「謝りなさーい!」
「……かつてのドロシーはあんな風じゃなかったのか?」
「そうね……」
ニックの何気ない質問にルナは僅かに表情を変えた。
「……ふふ、あそこまで素直に感情を表に出すドリーになったのは久しぶりね」
ルナは切なげに意味深な言葉を呟き、執拗にスコットをゲシゲシと蹴る今のドロシーを見つめた。
◇◇◇◇
「おはよう、皆。今日もいい朝だな」
午前8時。グリーン・ダウン・パーク競馬場にブリジットが出社する。
「……おう」
「おはよう、ブリジットちゃん! 今日も可愛いよ!!」
「おーっす、おはよー」
「ういーっす」
「今日は……普通の格好だな?」
ベッカーは昨日と違って紺色のセーターにデニムパンツという自然な服装で現れたブリジットにホッとする。
「うむ、今日は少し冷えるからな。温かい服を選んできた」
「んじゃ、今日もアイツの世話を頼む。ほら、お前の作業着だ、これに着替えろ」
「感謝する」
だが、作業着を渡された次の瞬間にブリジットはスタッフ達の前で堂々とセーターを脱ぐ。
「「「!!?」」」
スタッフの視線はブリジットの下着姿に釘付けになった。
「これに着替えれば良いのだな。良し、少し待ってい」
「アホかぁぁぁぁ─────っ!?」
「ぬぅわっ!?」
そのまま着替えようとしたブリジットの頭をベッカーは引っ叩く。
「な、何をする!」
「こっちの台詞じゃぁぁー! おまっ、何で此処で着替えてんだよ!? 更衣室使えや、更衣室ぅー!!」
「……む?」
「『む?』じゃねえよ!? 何だその怪訝そうな顔は! お前、女としての自覚が無いのか!!?」
「失礼だな、流石の私でも女としての自覚はある。馬鹿にするな」
ブリジットはそう言ってぼよよんと胸を張る。
「「「ふぉおおおおおーぅ!!!」」」
色白な肌に栄える大胆な黒レース下着にベッカーは目をやられ、スタッフ達は拍手喝采。
「よく見ろ、胸があるだろ。女である証拠だ」
「いいから! もう早く着替えろ! 目が腐る!!」
「目が腐るとは何だ! そこまで私の身体が見苦しいとでも言うのか!?」
「だぁぁあーっ! うるせぇえー! 早く着ろや、ボケェェェーッ!!」
ベッカーは顔を真赤にしながらブリジットに背を向ける。
「……何だよ!」
「べ、別に……?」
「何でも、ないよ……? うん! ぶふぉっ!」
「だ、駄目だ……笑うな! アイツが可哀想ンブッフウウウ!!」
「いやー、朝から良いもの見せてもらったわー!」
「だっはっはっ!!」
ベッカーの柄にもないウブな反応にスタッフ達は笑いを堪え切れずに笑い出す。
「お、お前らぁ……!」
「おい、お前」
「お前ェ!? おまっ、先輩にお前って何だよぉー!!?」
「服のサイズが合わない。もう少し大きいのをくれ、胸が苦しい」
「だはぁっ!?」
「あははははっ! やべぇ、スゲーお似合いだわ、お前ら!!」
「このっ……!!」
部屋の中に笑い声が木霊する。
思わずベッカーも仲間達に釣られ、顔を抑えながら小さく笑ってしまう。
「すまないが、もう少し大きいサイズを」
「あーもー! 勘弁してくれぇ! 何なんだよ、その乳は!? 完全に牛乳じゃねーか!!」
「う、牛だと!? 貴様っ、流石の私でも今の言葉は聞き捨てならないぞ!!」
「うるせー、牛女! コレでも着てろぉ! 一番デカいサイズだぁ!!」
「あっはっはっは!!」
この競馬場でここまで明るく楽しそうな声が聞こえてくるのは初めての事だった。
胸が大きい人は苦労するのです。本当に苦労するのです。