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「……そうか、見つかってしまったか」
グリーン・ダウン・パーク競馬場のオフィスでスカマーは誰かと通話していた。
『も、もうすぐ此処に異常管理局がやって来る! 頼む、スカマー……お前の方から奴らに』
「それなら仕方ないな、覚悟を決めてくれ」
『なっ!?』
切羽詰まった様子の通話相手に対してスカマーは冷淡に告げる。
『覚悟を決めろだと!? 貴様、私が奴らに捕まるとどうなるか分かっているのか! 貴様も』
「ああ、そこは心配いらないよ。君が正直に話す前に事は済むからね。では、御機嫌よう……」
『!? 待てっ、何を……ァアアアアアアアアア!!』
スカマーが徐ろに取り出したスイッチを押すと、相手の悲鳴が受話器越しに聞こえる。
『……』
「君ならもう少し上手くやれると思っていたんだがね。残念だよ」
スカマーは相手に落胆しながらそっと受話器を置く。
「やれやれ、協力者はもっと慎重に選ばないと駄目だな」
コンコン……
「ん? 誰かな」
『すみません、オーナー! 少し良いですか?』
「ああ、ベッカー君か」
ドア越しにベッカーの声が聞こえた途端、スカマーは穏やかな顔になる。
「大丈夫だよ、入りたまえ」
『し、失礼します!』
ベッカーがブリジットを連れてオフィスに入ってきた。
「おや、彼女は?」
「コイツがその、今日入った新人です!」
スカマーは新人を一目見た瞬間に目の色を変えた。
「……」
「こ、こら! 自己紹介しろ! 自己紹介!!」
「誰だ、この男は」
「誰だじゃねーよ! この競馬場で一番偉い人だよ! 見てわからねーか!?」
「ふむ、お前が彼らの雇い主か。私の名はブリジ」
「お前ぇーっ!!」
「びゃあっ!?」
ベッカーは競馬場のオーナー相手に敬語を使わずに即『お前』呼びした新人の頭を引っ叩く。
「な、何をする!?」
「何をするじゃねーよ!? お前、本気で此処で働く気あるの? その態度でお金貰えると思ってんのぉ!? 相手はこの競馬場で一番のお偉いさんだっつってんだろうが、ボケェー!!」
「まぁまぁ、ベッカー君。そこまで怒らなくてもいいじゃないか」
「えっ!?」
「きっと彼女はこの街に来たばかりでまだ馴染めていないのだろう。他の人達とは雰囲気が大きく違うし、恐らくは異世界出身者だ。今日まで辛い目に遭ってきたに違いない……」
「で、ですがっ! オーナー!!」
「せめて異世界からの漂流者には優しくしてあげなさい。小さい頃から言っているだろう? 殴る相手は選べと」
スカマーはそんなベッカーを優しく諭す。
「すまない、彼を嫌いにならないでくれよ。こう見えて優しい子なんだ」
「別に嫌いになるほどではない。男に乱暴されるのは慣れているからな」
「……」
「では、もう一度自己紹介して貰えるかな?」
「わかった。では……」
ブリジットはスッと姿勢を正し、凛とした表情で自己紹介する。
「私の名前はブリジット、ブリジット・エルル・アグラリエル。見ての通り歴とした騎士だ」
泥だらけでサイズも合っていない学生服姿でそんな事を宣う彼女の姿にベッカーは沈黙する。
「ふむふむ、君は騎士なのか。道理で凛とした佇まいをしている訳だ」
しかしスカマーは彼女の言葉を真摯に受け止めた。
「え、こいつの言葉を信じるんですか!?」
「ベッカー君、こう見えて私は人を見る目はあるんだ。彼女の目を見てみろ、ここまで透き通った純粋な瞳をした女性はそうそう見かけないぞ」
「ふむ、彼は話がわかる男のようだな。お前とは大違いだ」
「いやいや、待って! こんな格好をした騎士様なんて居る!?」
「騎士とは仕える主より与えられる栄えある称号だ。外見や装備で決められるものではない。鎧がなくとも私は騎士であり、例え一糸まとわぬ裸であっても主から称号が剥奪されない限り、私がその称号と誇りを忘れない限りは騎士なのだ」
「……」
「安心しろ、私は馬の扱いにも熟達している。剣技に秀でても馬に乗れなければ騎士の称号を得る事は出来ないからな」
「それは素晴らしい。ブリジット君、是非とも私の競馬場で働いてくれ」
スカマーはパチパチと拍手しながら彼女を歓迎する。
「君のような異世界出身の異人は働く場所を探すのも苦労するというからね。此処で会ったのも恐らくは神の導きだ。これからはこの競馬場のスタッフとして頑張ってくれたまえ」
「感謝する」
「ベッカー君はブリジット君の指導を頼むよ。先輩として支えてあげてくれ」
「……期待はしないでくださいね」
「では、今日はもう帰りたまえ」
「……どうも、失礼します」
「うむ、そうさせてもらう。さらばだ」
ベッカーは深々と頭を下げ、ブリジットを連れてオフィスを出る。
「……」
『あー、畜生! 頭痛ぇぇー!!』
『風邪か? 今日は妙に冷えるからな、気をつけろよ』
『お前のせいだよ!!』
「はははっ」
スカマーは上機嫌に笑う。
「ブリジット君か、いい子だ。ベッカー君も隅に置けない男だな」
上質なオフィスチェアに深く腰掛け、机に置かれたリストを見る。
「そうだな、彼女も来月……いや再来月のリストに加えておくか。あれ程の美女だ、良い商品になるだろう……」
スカマーは受話器を取って何処かに連絡する。
「でも、一応ベッカー君に聞いておかないとな。もし彼が彼女に気があるなら可哀想だ。そろそろお嫁さんを貰っても良い歳だからな」
まるで息子の将来を案じる父親のような表情で相手の応答を待つ。
ベッカーの親代わりとしての一面、競馬場のオーナーとしての一面……
「ああ、私だ。再来月に出荷する商品にはまだ空きがあるね? 確定したという訳ではないんだが、候補が一人見つかったよ。とびきりの上物だ」
そして、違法な取引に手を染めた犯罪者として一面を持つスカマーという男は、ベッカーには決して見せない卑しい笑顔で愉しげに共犯者と話し合った。
誰にでも表があれば裏もあります。にんげんだもの。