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「新人君は休憩室かな?」
「ええ、まぁ……でもその今は」
『私は、私は騎士として失格だぁぁぁー!!』
「……今は会わないほうが良いと思います」
ベッカーは休憩室から聞こえてきた絶叫に顔をしかめながらオーナーに言った。
『うわぁぁぁぁぁぁー!』
『ちょっ、落ち着いて! 落ち着いてぇぇぇー!!』
『危なっ! こんな部屋の中で剣を抜くなって! おわぁっ!!』
「何かあったのかな?」
「ええ、まぁ……ちょっと頭がアレな子でして」
「頭が? 大丈夫なのかい、その子は」
「割と心配ですが……アイツならヴェントゥスと上手くやれると思います」
オーナーは少し考える素振りを見せた後、ベッカーの肩を叩く。
「君が言うなら間違いないな」
「いや、そう言われるとちょっと……」
「相変わらず褒められるのが苦手だな、ベッカー君は。それに二人きりの時はオーナーじゃなくてスカマーおじさんと呼んでくれといつも言ってるじゃないか」
「いえいえ、それもちょっと……」
「はっはっは、そういうところまでお父さんと似なくてもいいんだぞ。それでは新人君が落ち着いたら私のオフィスに連れてきてくれ」
オーナーのスカマーはベッカーにまるで息子と接しているかのような優しい声で言い、自分のオフィスへと戻っていった。
「……はぁ」
『くうっ! 私はもう駄目だ! マスターの前で耳を切ってお詫びするしか!!』
『ちょ、何怖いこと言ってんだ!?』
『駄目だよ!? その綺麗な耳を切るなんてそんな!!』
「全く、あの馬鹿は……!」
いつまでも泣き言を言ってばかりのブリジットに腹を立て、ベッカーは急ぎ足で休憩室に戻る。
「だが、だが……っ! 私はもう騎士として」
「おい、いつまで泣いてんだ! この馬鹿!!」
「ふぬあっ!?」
そして休憩室のドアを蹴り開け、ブリジットの頭を思い切り引っ叩いた。
「な、何をする!?」
「うるせー、馬鹿! おら、休憩はもう終わりだ! さっさと立て、馬鹿!!」
「ば、馬鹿だと!? 私の何処が」
「うるせぇ、大馬鹿野郎!!」
「びゃあっ!」
「オラッ立て、新入り! お前の仕事はヴェントゥスの世話だ! 馬鹿みたいに泣いてるだけで金が貰えると思うなよ!?」
「い、いたたたっ! 耳を引っ張るな! その耳はっ」
「うるせぇー! 黙って歩けぇぇー!!」
「はびゃああああっ!!」
ブリジットは怒り心頭のベッカーに耳を強く引っ張られながら休憩室から連れ出された。
「……」
「……」
ポツンと残されたスタッフ仲間達は暫く呆然とドアの方を見つめていたが……
「うん、あれは」
「……確かに、ナシだな」
「見た目は凄い美人なんだけどな……」
「おっぱいは凄いんだけどな……」
「なんというか……うん。ベッカーの気持ちがわかったわ」
ベッカーの言う通りブリジットを普通の女性だと思わないほうが良いという結論に至り、一気に彼女への関心を失った。
◇◇◇◇
「……あつーい」
場所は変わってウォルターズ・ストレンジハウスのリビング。
下着姿のアルマが汗だくになりながらデイジーに扇子によく似た道具であおがれていた。
「デイジーちゃん……もっと強い風をちょうだい……」
「こ、これ以上はキツイですよ、姐さんっ!」
「アルマ、新しい氷袋よ」
「……さんきゅー……あー、ちゅめたいー」
7番街区で凍えていた時とは正反対に今度は暑さに項垂れていた。
ドロシーの使った魔法は独自に開発した持続的に熱を与え続ける紅茶保温用のユニーク魔法だ。
「……あ、ヤバい。俺、死ぬかも……」
間違えても人体には使ってはいけない地味に危険な技なのだ。
「スコッツ君、しっかりー。あと少しで魔法の効果が切れるから」
「……それ、一時間ぐらい前からずっと聞いてるんですけど……」
「スコット君、氷よ」
「……どうも……」
「ドロシー、そろそろ彼の生命に関わるぞ……。その魔法を解除できないのか?」
「それが解除出来ないのよね。こんな使い方は考えたこともなかったしー」
「……」
「僕もまだまだ勉強不足ね、もっとお父様を見習わなきゃ」
スコットはドロシーに嫌味の一つでも言いたかったが、この魔法を自分に使えと言ったのは他でもない自分自身なので苦しげに口を紡いだ。
(……やっぱりこの人、本物の魔女だ)
朦朧とする意識の中、スコットは再び彼女の恐ろしさを心に深く刻み込んだ。
「このままじゃ本当に死んじゃいそうね。アーサー、お風呂に水を張って」
「かしこまりました」
「ルナ、ちょっと手伝って」
「何をすればいいのかしら?」
「スコッツ君達を水風呂に浸けて冷やすの。マリア、水着を用意して」
「……え?」
「うふふ、かしこまりましたわ!」
「ニック君とデイジーちゃんも一緒に入る?」
「私は遠慮しておくよ……」
「オレも嫌ですよ! 別に暑くないし!!」
「え、ちょっ……待ってくださいよ」
既に生命の危機を感じていたスコットは更なる身の危険を察して顔を青ざめる。
「どうしたの、スコッツ君?」
「あの、そこまでしなくても……」
「駄目だよ、このままだと危ないよ。大丈夫、僕たちに任せて」
「いえ、社長は魔法使いなんですから、魔法で何とかしてください。体張らなくて良いですから」
「そう言われても、効果がありそうなのはアイスが溶けないようにする魔法くらいだよ? ずっと冷凍庫に入れられるようなものだから、そっちの方が今より危ないよ?」
ふふふと意地悪そうに笑うドロシーを前にスコットは全てを諦め、静かに熱くなる目頭を押さえた。