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大いなる力には大いなる代償が伴う。古き良き時代から受け継がれる紅茶薫るテーマの一つですよね。
キィィンッ
杖先から冷気を纏った弾丸が放たれる。先程の雪色の魔法弾よりも大きな弾は周囲の空気を凍らせながらヘドロの巨人の胴体部に着弾。
〈ぼぎょあああああっ!〉
─────パッキャァァァァァァン!
着弾部分に雪色の魔法陣を発生させた後、巨人の全身を巨大な氷柱の中に封じ込めた。
「うおおおおっ!? す、すげぇっ!」
「流石、あたしのドリーちゃん! やっぱりあの子凄ぃ……ん?」
「あれ?」
……だけに留まらず、魔法はヘドロ巨人の周囲まで凍結させる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ぎゃあああああーっ!!」
全てを凍結させる冷気は近くにいたスコット達にも迫り、彼らは猛ダッシュで逃げ出した。
「な、なな何ですかこれぇぇぇ!?」
「あたしが知るか……っぶぇっくしゅ! 寒っ! ちょっ、寒いぃいい!!」
「わぁぁぁぁぁ! 来たぁぁぁぁぁぁー!!」
冷気はやがて建物や瓦礫を凍らせて鋭い氷柱へと変化。
スコット達を貫かんばかりの勢いで地面から突き出してくる。
「やばい、やばい、やばい! 死にますって! これ、死にますってぇぇぇー!!」
「んぎゃぁぁぁぁぁぁぁああー!!」
「二人共、思いっきりジャンプして!!」
「へぇあっ!?」
ドロシーがダッシュで逃げる二人の背後に魔法を放つ。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
「んびゃああああああああああああああああああ!」
放たれた魔法は爆発し、二人を思い切り吹き飛ばす。
スコットの背中から素早く悪魔の腕が伸び、二人を抱きかかえながらドロシー達の乗る黒塗りの高級車の屋根に落下した。
「あいだぁっ!」
「ぐあーっ!」
「アーサー! バックして! 猛バック!!」
「お任せを」
車は猛スピードでバックする。
「……ふぅ、冬用タイヤに交換しておいて正解でしたな」
爆炎すら問答無用で凍らせる冷気から間一髪で逃げ切り、老執事は小さく溜め息を吐いてブレーキを踏んだ。
「うー、寒い。やっぱりこの魔法は使いたくないわね」
『社長! 社長ー! 開けて! 車を開けてください!!』
『寒いー! 寒いよー! 死んじゃうー!!』
「アーサー、開けてあげて」
「既に鍵は開けておりますが」
「あー……」
あまりの寒さに車のドアが凍結。暖房の効いた車内に入れずスコット達は外に取り残されてしまった。
『社長ぉぉぉぉーっ!!』
『あああぁぁ、もう無理! おら、非童貞! そのジャンパーよこせぇ!!』
『ちょ、何するんですか!? やめてください! やめっ、やめてぇぇぇー!!』
「……お前はバカか! バッッカじゃねぇのか!?」
それから5分後。特殊防寒コートを深々と着込んだジェイムスがドロシーに叫ぶ。
「そんなに怒らないでよ、キッド君。仕方なかったのよ」
「仕方ないで済むか! 見ろよ、この惨状を!!」
ジェイムスは怒鳴りながら周囲を指差す。
ドロシーの放った魔法で7番街区が氷漬けになり、気温は11月なのに氷点下22℃。
まさに極寒地獄という有様だった
「あばっ、あばばばばばばば……!」
「うぐぐぐぐぐっ! も、もっと強く抱きしめれよ、非童貞! こ、ここ凍えちまうよ!!」
「む、むむむ無理ですって! 腕っ、腕が動かな、ばばば……」
スコット達は小さな焚き火の傍で凍え死にそうになっている。
ジェイムスが持ってきた特殊防寒コートでも冷え切った身体は温めきれず、激しく身を震わせながら抱き合っていた。
「僕だって使いたくなかったわよ。でも、あの巨人は物理攻撃無効だし、すぐ再生するし、臭いし、汚いし。もうまるごと凍結させるしかないじゃないの」
ドロシーが使ったのは氷属性の【禁術】魔法。
着弾地点を中心に周囲から熱を奪い取り、広範囲に渡って一瞬で凍結させる氷属性の中でも最上級を通り越して文字通り禁忌の魔法だ。
勿論、街中で使っていいものではない。
「そうだとしてもだよ! どうすんだよ、コレ! 7番街区に人が住めなくなったじゃねえか!!」
「そのうち溶けて今日よりは暖かくなるわよ。ふわぁ、寒い寒い。早くあの二人を連れて帰らなきゃ……アーサー、車を出して」
「はい、社長」
「おい、ふざけんな! 少しは手伝っていけよ! 大体、あんなデッカイ氷像どうしろっていうんだよ! あのまま運べるわけねーだろ!?」
「んー、そうね。じゃあ、アルマ先生、お願いー」
「んぐぐぐぐっ! な、何だ、ドリーちゃん! んぐっ!!」
「あのカチカチになった金ピカ泥人形を運びやすいようにしてあげて」
ドロシーは杖先に温かな赤色の光を発生させ、凍えるアルマの肩をコツンと突いた。
「ふおおおおおっ! 任せろ、ドリーちゃん!!」
杖先が触れた瞬間にアルマの体温は急上昇し、彼女は勢いよく立ち上がる。
そして黒刀をシャキンと抜き放ち、巨大な氷柱に封じられたヘドロの巨人に笑いながら向かっていった。
「はーっはっはー!」
「しゃ、社長……俺にもお願いします」
「はいはい」
「うおおおおっ……温っ! た、助かったぁ……死ぬかと思いましたよ」
「あんまり人体には使わないほうが良いんだけどね、この魔法」
「えっ?」
「でも今の君達には効果的だから安心して」
サラッと怖いことを言うドロシーにスコットは目を向けるが、彼女はそっと目を逸らした。
「おらぁぁぁぁー! くたばれ、金ピカクソヘドロマネキン野郎がぁぁぁー!!」
アルマの斬撃でヘドロの巨人は氷柱ごと細かく切り刻まれる。
「けっ、テメーとはこれで最後だ。もう絶対に遊んでやらねー」
────キィン!
着地したアルマが苛立ちながら黒刀を鞘に収めると、凍った巨人はメロンサイズのサイコロ状にバラけてゴトゴトと地面に積み上げられた。
「……」
「はい、これで運べるわね。それじゃあ、またねー」
「それでは、ジェイムス様」
「じゃ、じゃあ俺もこの辺で……お疲れさまです」
「見たかよ、ドリーちゃん! すげーだろ! やっぱあたしってすげーだろぉ!?」
「うんうん、凄いよー。流石はアルマ先生ー!」
「そういえば今日はデイジーさんとブリジットさん来ませんでしたね」
「ブリジットちゃんはバイト中として、デイジーちゃんは気になるね。後で様子を見に行きましょうか」
「アイツまた燃料切れになってるかもしれねーな! あはははは!!」
あはははと笑いながら去っていくドロシー達を恨めしげに睨みながらジェイムスは立ち尽くす……
「……警部」
「何だ」
「魔法って、ろくなもんじゃないですね」
「今頃、気づいたの?」
棒立ちするジェイムスから少し離れた場所。
氷漬けのパトカー内部で防寒毛布に包まりながら魔法の何たるかを知ったリュークに、アレックス警部はうんざりするように言った。
勿論、代償を払うのは街の方です。仕方ないね。