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お酒は嗜む程度が一番です。呑んでも飲まれてはいけません。
「ねぇ、外の世界はどんなところ?」
白く殺風景な病室のベッドの上で金髪の少女が呟く。
「素敵なところさ、とっても……この部屋よりもずっとね」
少女の白い手を握り、眼鏡を掛けた白衣の男性がそう答えた。
「どんな人がいるの?」
「それはもう色んな人がいるよ。君にも教えてあげたいけど、教えきれないくらいに」
「本当に?」
「本当さ」
少女は宝石のような青い瞳を煌めかせ、天使のような笑みを幼気な顔一杯に浮かばせる。
「じゃあ、喋るウサギさんもいるの?」
「探せばいるかもしれないね」
「ブリキの兵隊さんや、空を飛ぶドラゴンも?」
「ははは、それは見たこと無いなぁ」
少女の問いかけに眼鏡の男は困ったように笑って返す。
「私も早く外に出たいな」
「……出れるさ。すぐに出れるようになる」
「外に出たらね、ウサギさんと追いかけっこがしたいの! 白いウサギさんと、黒いウサギさんと! 綺麗な原っぱで思いっ切り!」
「ウサギはすばしっこいぞ? 捕まえられるかな?」
「捕まえられなくてもいいの。ただ、思いっ切り外で走りたいの」
少女は窓から外の景色を見る。
「……あの子みたいに、私も走りたいの」
「……走ればいいさ。外の世界で思いっ切りね」
「私も、素敵な外の世界で……」
少女の膝上には彼女が描いた絵が散らばっていた。
草原で白と黒の二羽のウサギと楽しそうに遊ぶ彼女を描いたもの。
玉座の上でブリキの兵隊に命令を出す彼女を描いたもの。
大きなドラゴンの背中に乗って空を飛ぶ彼女を描いたもの。
人間の服を着た動物達と楽しそうにお茶会をしている様子を描いたもの……
そして青い大男と幸せそうに手を繋ぐ彼女を描いたものがあった。
「それにしてもまた沢山の絵を描いたね……この絵の大男は?」
眼鏡の男は青い大男の絵を手に取って少女に聞く。
「ふふふ、その人はね。ブルーっていうの。ミスター・ブルー」
「ミスター・ブルー? 何だい、それは」
「その人はとても力が強いの。世界で一番強くて、誰にも負けない凄い人。どんなに怖い人でもあっという間にやっつけちゃうんだから!」
「へぇー、凄いな」
「そして、どんな時でも私を守ってくれるの!」
少女は上機嫌で絵の中の大男について説明した……
◇◇◇◇
「……んっ」
窓から漏れる朝の光でドロシーが目を覚ます。
「……んああ、よく寝た……かな?」
半分しか開かない目で枕元に置いた眼鏡を探す。だが中々見つからない。
「……んー……まぁ、いいかー……青いー、大男さん……」
派手に寝癖のついた金色の髪をくしゃくしゃとしながら、朧げに覚えている夢をうわ言のように呟く。
「草原で、白くて黒いー……ウサギさんと……んー……お茶会を……」
そうしている内に再び眠気が襲ってきたドロシーはぽふっと俯向けに倒れ込む。
「……んぎゅぅ」
白いキャミソール一枚という刺激的な姿でお尻を出しながら、彼女は再び夢の中に誘われようとしていた。
「……むー……」
「おはようございます、お嬢様。朝食の用意が出来ました」
老執事がノックもせずにドアを開けて彼女の寝室に入ってきた。
「……おぁよー、あーふぇーくん」
「せめてお顔を上げていただけませんかな」
「ふぁい」
ドロシーはむくっと起き上がり、まだ目覚めきっていない顔を老執事に晒す。
「おはようございます、お嬢様。お嬢様は今日もお美しいです」
彼女の寝ぼけ顔を堪能したアーサーは実に満足気な笑みをこぼす。
「さぁ、眼鏡をかけて。朝食が冷めてしまいますぞ」
「あー……うーん、あっ、おはよう。アーサー」
老執事に眼鏡をかけて貰った途端にドロシーは目をぱっちりと開けてシャキッとする。
「今日はどのくらい寝ぼけてた?」
「さぁ、お嬢様はいつもお美しく聡明なお方ですので、寝ぼけていたのかも私にはさっぱり……」
「お世辞はいいよ……ん?」
頭の冴えたドロシーが隣を見るとベッドの中でルナが小さく寝息を立てていた。
「あー……、そう言えば昨日は派手にやっちゃったね」
「スコット様の歓迎会でしたからな」
「起きるまでこのまま寝かせてあげようか」
「そうですな、そっとしてあげましょう。奥様も可愛い新人君が来てくれたので張り切ってしまったのでしょう」
「あはは、ルナはスコット君が気に入っちゃったみたいだからね」
ドロシーはルナを起こさないようにそっとベッドを離れる。
そしてアーサーと部屋を出て、くすくすと笑いながらゆっくりと静かにドアを閉じた。
「……ん……」
ドロシーのベッドの上でルナは幸せそうな寝息を立てる。
「……うぅーん……ぐっ」
すぐ隣で悪夢にうなされている半裸のスコットに抱き着きながら……
chapter.3 「溢れた酒を見て泣いちゃえよ」begins....