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エルフと言えば清らかな木漏れ日の注ぐ聖なる泉で動物と裸でキャッキャキャッキャウフフフですよね。心得ております。
「今日入ったばかりの新入りにあの化け物を任せたのか!?」
グリーン・ダウン・パーク競馬場で働くスタッフの一人がコーヒー片手に驚く。
「お前、人の心が無いのかよ!?」
「いや、任せたというか……そいつが任せろと言ったというか」
「とか言いながら、本当は押し付けたんだろ? 今週はお前がヴェントゥスの担当だからな」
「ちげーよ! 自分からあの化け物の面倒を見ると言い出したんだよ!!」
「はっ! 誤魔化すにしたって、もう少しマトモな言い訳考えろよ!!」
昼休憩を取っていたベッカーに他のスタッフが総出で突っかかる。
「誰があのバケモンの面倒を好き好んで見るんだよ! 一目見ただけでヤベー奴ってわかるだろ!!」
ここで働くスタッフ達にとってヴェントゥスは悩みの種の一つだった。
大柄で気性が荒く、他の馬とは一緒にする事が出来ない。
更にスタッフの誰にも懐かず、腕利きの騎手を何人も病院送りにしてしまっている。
出来れば早々に処分して欲しいというのが大多数の意見だ。
「……でも、アイツの速さは本物なんだよ」
しかし、ベッカーはヴェントゥスを恐れてはいるものの、あのラディウスをも凌ぐ名馬になりうる彼を諦められなかった。
仲間から処分の話が持ち上がってもその度に真っ先に反対し、彼らに金を払ってまで説得する程だ。
「……まぁ、確かに速いが、あの化け物を乗りこなせる奴が何処に居るんだよ」
「そうそう」
「……」
ここでベッカーはある閃きを覚えた。
「……ちょっとそいつの所に行ってくる」
「ん、ああ。もうとっくに休憩の時間だもんな」
「そいつがまだ生きてると良いけどな……」
「ところで俺たちはまだ顔を合わせてないんだが、どんな奴なんだ? 男か? 女か??」
「女だよ」
「マジかよ!?」
「はぁ!? お前、お前女にアイツを任せたのか!!?」
「あーあー、うるせーな! だからアイツが任せろって言い出したんだよ!!」
まだ見ぬ新入りを心配するスタッフ仲間を残してベッカーは足早に部屋を出る。
(……あの女なら)
浮き立つ彼の心を表すかのように歩調は段々と早くなり、ついに勢いよく走り出す。
(……そうだ、あの女なら! アイツを!!)
今まで誰一人として背中に乗ることを許さなかったヴェントゥスが大人しく背を預けた女。
それも興奮して暴れ回っていた彼を馬具も無しに制する程の類稀なる乗馬スキルを持ち、出会ったばかりの暴れ馬とすぐに心を通わせられるコミュニケーション能力まで兼ね備えている逸材……
「おい、新入り! 少し話がある! 聞いてくれ!!」
彼女なら、あのヴェントゥスを乗りこなす特別な騎手になれる。
「お前にはそいつの世話じゃなくてェェエエ工────!!?」
ブリジットにその事について話そうとしたベッカーは思わず絶叫した。
〈ぶるるるるっ!〉
「む、何だ? お前は暫くコイツに近付くなと言ったはずだが」
獣臭い厩舎の中、全裸で黙々とヴェントゥスの身体を洗うブリジットの姿が目に飛び込んできたからだ。
「な、ななな何してんの、お前ェェェェェ!?」
「見ての通りだが?」
「見ての通りってお前っ……!!」
〈ぶるるるるるるるうううう!〉
「それ以上近づかない方がいい、また襲われてしまうぞ」
ブリジットは一切の羞恥の仕草を見せず、眩しい裸体を堂々と晒しながらヴェントゥスの身体を水で荒い流す。
透き通るような淡い水色の濡髪は光を浴びて煌めき、その白く美しい肌も相まって正に女神の如き美しさだった。
「……ッ!!」
「うむ、これで綺麗になった」
〈ぶるるるるるんっ!〉
「こら、まだ身体を震わせるな! 水が飛ぶだろう、もう少し乾くまで大人しく……全く困った奴だ」
ブリジットは小さく悩ましい溜め息を漏らした後、濡れた顔を手で軽く拭い、下りた前髪を掻き上げてベッカーの方を見た。
「ところで話とはなんだ?」
「そのまま来んな、バカ! まず身体を拭いて服を着ろ!!」
「ぬあっ!」
裸のまま此方に来ようとした彼女にベッカーは慌ててタオルを投げつけた。
「馬ッッ鹿じゃねぇのか! 何で裸なんだよ、お前!?」
「裸にならないと濡れるだろう」
「作業着があるだろうが!」
「サギョウギ? 何だそれは、知らない言葉だな」
「はぁ!? 何言って……ってああくそっ!!」
ベッカーは顔を赤くして後ろを向く。
(何なんだあの女は! 常識ってのが無いのか!? 少しは恥ずかしがれよ! 畜生、とんでもねぇ乳しやがって! 目に焼きついちまっただろうが!!)
こっちに背を向けて悶々とするベッカーを不思議に思いつつ、ブリジットは渡されたタオルで身体を拭いた……
「で、話とは何だ?」
再びサイズオーバー気味の学生服姿になった彼女は腕を組んで問いかける。
「……その前に、目が痛くなるから作業着に着替えてもらえるか?」
「何故だ?」
「何故だじゃねえよ! 何なんだよ、その格好は!? あともう少しちゃんと身体を拭けや!!」
先程の全裸姿よりはマシとは言え、相変わらず刺激の強いブリジットの姿にベッカーはツッコむ。
「そう言われても、今はこの服しか無いのだ。サイズは合わないが、そこまで問題はない」
「大問題だよ!!」
「さっきからお前は何を言っているんだ? 私の服の事より先に話すべき事があるだろう」
真顔でそんな事を言うブリジット。
ここでベッカーは『コイツを普通の女だと思ったら駄目だ』と察し、肌が若干透けている衣装と無駄に豊満なバストに目を向けないよう注意しながら深呼吸した。
「……ふー。まぁ、話って言うのは……お前にヴェントゥスの騎手になって貰いたいんだよ」
「何? 私に?」
「お前が暴れるヴェントゥスに乗って、アイツを鎮めたのを見て思ったんだ。お前ならアイツを」
「断る」
「ああ、うん。そうだよね……でも、はい?」
「断る」
ベッカーの話をブリジットは即座に断った。
聖なる泉はありませんが裸で濡れながらキャッキャウフフしているのでセーフです。




