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暇を持て余した畜生共の……
「ふー、平和だねぇ」
場所は変わってウォルターズ・ストレンジハウス。ドロシーがリビングで食後の紅茶を味わいながら言った。
『ええ! こちらリンボ・シティ7番街区です! 見てください、空から巨大な石像が逆さまに……!!』
『ガッショオオオオオオ……ン』
『ギャアアー!』
『この世の終わりだぁー!』
『ハルマゲドォォォォォーン!!』
「何処が平和なんですかね?」
テレビに映し出される地獄絵図を指差してスコットはツッコんだ。
「どう見てもヤバいことになってますよね」
「……あれは、一体何だろうな」
「さぁ、私にはわからないわね。あまり芸術には詳しくないのよ」
「あらまぁ、何処かで見たことあるデザインですわねー……たしか外の世界のアジア方面に沢山ある」
「ブッダ像ですな。あれほどの大きさのブッダ像は初めて見ますな、ニポンの大ブッダ像が可愛く見えます」
「……少しは緊張感持ってくださいよ、皆さん」
7番街区の上空に逆さまの巨大な仏像が現れて街が大パニックに陥っているというのにドロシー達は至って冷静であった。
さも『見慣れた光景ね』とでも言いたげに。
「大丈夫よ、スコッツ君。7番街区だよ? 僕たちの出る幕は無いわ」
「そうは思えませんけど」
「……そう言いながら君も大して驚いていないように見えるが」
「そんな事ないですよ、ニックさん。俺の悪魔もめちゃくちゃ反応してますから」
口ではそう言いながらもソファーに座って呑気にビスケットを齧るスコットにニックは目を細める。
『ガッショォォォォォォ………ン』
『ギャー! 何か目からビーム撃ってきたー!!』
『ノォオオオオオー!』
『逃げるよ、ジャスミン! これ以上はヤバいって!!』
「おー、派手ですねー」
「外の子がこれを見ると『天罰だー!』『ブッダがあの街を裁きに来たんだー!』って盛り上がるのかな」
「かも知れませんね、ニポンの人は特に信心深いって言うし」
《キュドドドドドドドーン!!》
「あっ」
壮厳なる大仏像は駆けつけた異常管理局の職員の総攻撃を受ける。
「本当に一桁区のトラブルには迅速に駆けつけるわね」
『ゴゴォォォ……ンン』
「流石は異常管理局の皆様です。余所の神様そっくりな相手にも容赦ありませんな」
「容赦する理由もないしね」
「あらあら、首がもげてしまいましたわね。可哀想に」
崩れ落ちる大仏像を見ながらほのぼのムードで会話するドロシー達。
最初は彼女達にはとてもついていけないと言っていたスコットも今やすっかり順応しており……
「あ、中から何かドロッと出てきましたよ」
「あ、本当だ。何アレ、気持ち悪いー」
「なんかアレ思い出しますね。外はサクサクのクッキーで中にトロッとしたクリームが入ってるお菓子……」
「あー、アレね。名前何だったかしら」
もはやちょっとやそっとの事では驚くどころか反応すらしない立派な辺獄の住民と化していた。
『ギョボオオオオオオーン!』
『うわーっ! 何だあれはぁー!?』
『キモッ!』
『み、みみみ見てください! 石像の中から、金色のテカテカしたスライムのようなキモいのが!!』
『ギョボボボボォーッ!!』
ポチッ。
石像から現れた醜悪な黄金のヘドロ巨人の不快さが気に障ったのか。ドロシーは無言でチャンネルを変えた。
「見た目が神様ぽくても中身がアレだと台無しよね」
「見た目が全てじゃないものね、中身もちゃんと磨いて欲しいわ」
「身に沁みてそう思うよ……」
「でもどうやって倒すんでしょうね、アレ」
>ジリリリリリリン、ジリリリリリリン!<
鳴り響く電話の音。アーサーはスタスタと電話台に近づき、受話器を取って応対した。
「はい、もしもし。おや、警部さん。今日はどうなさいました?」
「……」
「ええ、ええ。はい、かしこまりました。それでは、ご武運を」
アレックス警部から伝言を受け取った老執事はそっと受話器を下ろす。
「お嬢様、警部さんから緊急のお電話です。大至急7番街区に来てほしいと」
「うーん、友達のお願いなら聞いてあげないとね。マリア、杖を用意して。それとあの子達に連絡を」
「うふふ、かしこまりましたわ」
先程までの冷めた反応から一変。警部からの連絡が来た途端にドロシーは癖毛をピンと立て、ソファーからすっくと立ち上がった。
「……彼女はいつもああなんだな」
「……まぁ、そうですね。ああいう人ですから」
助けを呼ばれるまでは助けに行かない……それがドロシーの徹底した行動指針だった。
その理由はハッキリと語られないが、ルナを初めとする彼女と付き合いの長い者達からは察せられている。
スコットも彼女と出会ってまだ一ヶ月程度だが、何となくその理由に勘付いている。
「行くわよ、スコッツ君」
ドロシーは誰かに頼って欲しいのだ。
彼女にはどんなトラブルも鼻歌交じりに解決するだけの力がある。
数ある魔法使いの中でも抜きん出た能力がある。
だからこそ頼られたい。怖がらずに声をかけて欲しい。
彼女にお願いすれば大丈夫だと思って貰いたい。
『助けて』、『力を貸して』と言って欲しい。
誰かに頼られるその時は、ただ恐れられるだけの嫌われ者ではなくなるから。
(……本当に不器用な人だなぁ)
素直に自分から進んで助けに行けばいいのに。
スコットはそう思わずにはいられなかったが、ハッキリと言葉に出すことは出来なかった。
「どうかしたの? ひょっとして今日はお留守番したいの?」
「いいえ、何でもないです。社長」
そうやって誰かの為だけに戦い続けた結果、彼女はこうなってしまったのかもしれないのだから……