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「この子が新人のブリジットちゃんです。スタイル抜群で器量良し、おまけにお金次第で『何をしてもOK』の超大型新人ですよ!」
リンボ・シティ14番街区のとある風俗店。店長のカエル顔の男が自信満々に彼女を紹介する。
「ブリジットと申します。本日はご指名ありがとうございます」
ブリジットが軽くお辞儀をしただけで胸元のボタンが弾けとぶ。
どう考えてもサイズオーバーな学生服姿のブリジットは、ボタンが飛んでも何事もなかったかのようにお客様に微笑みかけた。
「ブフウッ! こ、これはぁ……!!」
彼女を指名した豚面の大柄男性は大いに興奮し、ただでさえ荒かった鼻息を更に荒げた。
「お部屋の方はあちらになります。ではごゆっくりどうぞー」
「よろしくお願いします」
「ブ、ブフゥッ! ま、任せろ! か、かか、可愛がってやるよぉ!!」
大柄男性はブリジットの尻を鷲掴みにしながら、やや強引に部屋へと連れ込んだ……
「……あーあ、可哀想。あの子、昨日入ったばっかなのに……」
「あの豚に気に入られちゃったらもうオシマイよ。壊されちゃうわね……」
先輩の娼婦達が嫌な客に捕まったブリジットの行く末を哀れんだ。
「んー、まぁ気に入られたんだから仕方ないだろ。お客様はお金の神様だ。それに壊れたら壊れたでまだ使いようはある」
「ひどい!」
「流石クソガエル、感動すら覚えるド畜生ぶりね」
「助けようともしなかったお前らがよく言うよ」
「まー……うん、ちょっと美人過ぎたからね。あたしらにも生活があるんだし、お客を取られる前に……ね?」
娼婦と店長が何ともブラックな話題で盛り上がっていると……
\ドタン、バタン/
\ガタタタンッ/
「あー、始まっちまったか」
部屋から派手な物音が聞こえてくる。聞き慣れた音を耳にした店長は静かに目を瞑り、儚く散った美しい命に黙祷したが
『ぶぎぃいいいいいいいいい────っ!!!!』
……次に聞こえてきたのは、野太い豚のような悲鳴だった。
「はい、クビだ! お前、クビィ! 明日から来ないでね!!」
顔を真っ青にしたカエル顔の店長がブリジットをクビにした。
「な、ななっ、何故! 私が何をしたと言うんだ!?」
「何をしただと!? 大事なお客様を八つ裂きにしておいて何を惚けたこと言ってんだ、バカ!!」
「アレは正当防衛だ! 私に乱暴を働こうとしたので反撃した、それの何が悪い!?」
「全部悪いよ! いいから出ていけ! この金持ってさっさと失せろぉー!!」
金の入った封筒を叩きつけ、店長は彼女を店から強引に追い出した。
「……」
再び働き口を失ったブリジットは呆然と立ち尽くす。
封筒の中に入っていたのは昨日と今日の給金を合計した300L$。
「……これでは、剣を磨く事もできない」
大きな溜め息を吐いてトボトボと歩き出す。
「困ったな、そろそろ手入れをしないと刀身が駄目になってしまう。早く次の仕事を見つけなければ……」
相変わらず愛剣の事しか頭にないブリジットはすぐに次の職を探すべく周囲を見回す。
彼女にとってこの細身の剣は自分の命よりも大切な物であり、剣が手入れできて身体を維持する最低限の食事にありつければ他の事はどうでもいいのだ。
「……おい、あれ」
「ぶふぉっ!?」
「何だ、あの格好!!?」
「け、けしからん……何たる乳か!」
当然、普段身につける衣服にも無頓着。ブリジットは店で用意された学生服のまま堂々と街を歩いている。
「うーむ、仕方ない。また適当な店に顔を出して」
「ギャアアアーッ!」
「だ、誰か! 誰か、そいつを止めてくれぇー!!」
「な、何だよ!? おばふっ!」
〈ぶるるるぅぁあああああああああああああああああ!!〉
「……何だ? 騒がしいな」
やけに周囲が騒がしいのでブリジットが後ろを振り向くと、漆黒の巨馬のような怪物が猛スピードで此方に突進してきた。
〈ぶるるるるるるるるぅうううっ!!〉
漆黒の巨馬は四つもある目を血走らせながら巨体を振り乱して通行客や車を押しのけ猛進、その怒り狂った瞳はブリジットを捉える。
「ああっ! やべぇ……アンタ逃げろっ! 早く逃げろーっ!!」
〈ぶるるるぁあああああああああああああああー!!〉
「……これは凄いな。見事な馬だ」
巨馬の大きな前脚がブリジットを蹴り飛ばそうとした瞬間、彼女はひらりと身をかわして振り乱される銀色の立派なたてがみを掴む。
「この世界にも、こんなに立派な馬が居るのだな」
そう言ってブリジットは暴れ狂う巨馬の上に跨った。
〈ぶるぉおっ!?〉
「どうどう、落ち着け。そんなに荒ぶるな」
〈ブルルルァァァァァァァァァっ!!〉
「こら、暴れるな」
漆黒の巨馬は自分に跨るブリジットを振り落とそうと激しく暴れる。
「こら、こらっ。暴れても、無駄だぞ……私はっ」
ブン、ブンッ、ブンブンッ!
「ふむ、凄いな。此処までの暴れ馬はそうそう見かけるものではない……」
ブゥン、ブゥンッ!
「よほど、腹が立つ事があったのか」
しかしブリジットは凶暴な暴れ馬のたてがみを引き、慌てること無く冷静に馬を落ち着かせようとする。
「お、おい……あれっ」
「すげぇ……」
「これは、中々……」
馬の上でロデオよろしく揺さぶられるブリジットの姿に通行人は釘付けになった。
彼女の豊満なバストは黒い暴れ馬に負けない程に激しく荒ぶり、ハードな乗馬に全く動じない彼女の凛とした表情は観衆のハートを射抜く。
「大丈夫、大丈夫だ。ほら、私の目を見ろ」
〈ぶ、ぶるるるるうぅうっ!!〉
「そうだ、落ち着け。安心しろ、私は決してお前を傷つけない……」
〈るるるる……!〉
「うむ、思ったとおり。いい馬だ」
どんなに暴れても振り落とすことが出来ず、落ち着いた声で自分を宥め続けるブリジットに根負けした巨馬は徐々に落ち着きを取り戻す。
最後の抵抗とばかりに首をぶるんと大きく揺さぶり、彼女の胸を一際ぶるるんと揺らした後で動きを止めた。
〈……〉
「よしよし、いい子だ。もう暴れるなよ」
「「「うおおおおおおおおおおおー!!」」」
暴れ馬を御し、優雅に地面に降り立ったブリジットを観衆の男共は拍手喝采で迎えた。
「何だ? この馬がそんなに珍しいのか??」
〈ぶるるるっ!〉
「あ、アンタぁ……!!」
「む、誰だお前は」
困惑するブリジットの前に息を切らせた男が現れる。
漆黒の巨馬が現れた時に『止めてくれ』と叫んだ丸刈りの男だ。
「頼む! ウチで、ウチで働いてくれぇ!!」
「何だって?」
「お願いだ! ウチで働いてくれ! その化け物のっ、ヴェントゥスの面倒を見てくれるだけでいいんだ!!」
ブリジットの手をギュッと握りしめ、丸刈りの男は半泣きで彼女に嘆願した。
Chapter.14「一人は風に、一人は泥に」 begins....
今回のお話はエルフの女騎士さんがメインになります。