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勿論、紅茶薫るオチはご用意しております。
「今日は楽しかったねー」
午後8時過ぎ。事件を解決したドロシー達はウォルターズ・ストレンジハウスのリビングでのんびりしていた。
「ふふふ、そう。良かったわね」
「……まぁ、確かに途中までは楽しめましたけど」
スコットは『いい仕事したわ』と言いたげなドロシーを見つめながら回想する……
『ああっ、エマリー!』
『お父様ーっ!』
事件後、エマリーは新しく用意された車で異常管理局セフィロト総本部まで送られた。
『良かった……本当に良かった。お前まで失ってしまったら、私は耐えられなかった……!!』
『ごめんなさい、お父様……心配かけてごめんなさい……っ!』
『私こそ本当にすまなかった……! 大事な用があったからとは言え、お前を一人で向かわせて……!!』
エマリーの父、カイザル・ローゼンシュタールは涙を溢れさせながら愛娘を抱きしめる。
『君が、君が娘を助けてくれたんだな……! ありがとう、本当にありがとう!!』
カイザル氏は涙ながらに老執事に感謝の言葉を伝えて握手を求める。
『お気になさらず。私はただエマリー様との約束を守ったまでです』
『本当に、本当に君は凄い男だ。君のような頼りになる男が居ると知っていたなら、私は最初から……』
『いえいえ、私がエマリー様を無事に助け出せたのも異常管理局の方々のお力があってこそです』
老執事はそう言って居心地が悪そうな大賢者とサチコの方を見た。
『か、管理局が? それは本当か?』
『はい。彼らがエマリー様の危機を機敏に察知し、真っ先に極秘回線を使って私の主に連絡したのです。私は主の命に従い、エマリー様を保護いたしました。彼らの報せが無ければ私はエマリー様の危機を知ることもありませんでした』
老執事は穏やかな笑顔で出任せを言う。
『そ、そうだったのか……!』
『ええ、その……はい、そうです。私が連絡を入れるよう部下に命じました』
大賢者は数秒間目を泳がした後、実に穏やかな表情で返答する。
『すまない、すまない……! 私は君達を誤解していた! 君達がそこまで娘の事を』
『電話でお伝えしたではありませんか、奇跡を起こしてみせましょう……と』
隣のサチコは震えながら目を背け、周囲の職員達も皆して天を仰いでいた。
『……うわぁ』
『……あれは、辛いな』
『流石はアーサー、よく口が回るわ。ふふっ、それにしてもいい顔するわね、ロザリー叔母様』
老執事の所業にスコットとニックは顔を引き攣らせる。
穏やかな顔でよくもまぁあんな嘘を吐けるものだと感心すら覚えたが、ここで正直に話すと大賢者や異常管理局の皆さんがあまりにも可哀想なので静観を決め込むことにした。
『ねぇ、アーサー』
泣きながら感謝を伝えるカイザル氏と、ひたすら平静を装いながら彼と話を合わせる大賢者を横目に、エマリーがそろそろと老執事に近づいて言う。
『今の話、何処までが本当なの?』
『全て本当でございますよ』
『アーサー?』
『……はっはっ、エマリー様にはお見通しですか』
『ふふふっ』
当事者のエマリーは小さく笑う。
『……あの子がアーサーのご主人様なのね』
『はい、エマリー様』
『……私とあんまり歳が離れていないように見えるけど』
『はっはっ、かも知れませんな。ですが、貴女に負けず劣らずとても素敵なお方ですよ』
老執事の言葉にエマリーは俯いて黙り込む。
『……』
『エマリー様?』
『アーサーは、嘘が下手ね』
そう言ってエマリーは老執事に背を向けた。
『……申し訳ございません』
『楽しい一日だったわ、アーサー。さぁ、もう帰りなさい』
『……』
『……本当の主が、貴方を待っているわ』
そしてエマリーは父親の所に向かった。
立ち止まる事なく、振り返る事もなく。
今の言葉で最後の未練を断ったかのように。
彼女は凛とした佇まいで歩いていった。
『今日一日、貴女にお仕えできて光栄でした、エマリー様』
老執事は姿勢を整え、令嬢エマリー・ローゼンシュタールに深々と頭を下げた……
「……あれで良かったんですかね」
「あれがベストな結果だと思うよ。下手な嘘をついてもあの子を傷つけるだけだし……ね? アーサー」
「はっはっ、そうでございますな」
ドロシーは老執事に声をかける。彼はいつもどおりの笑顔で応じた。
「うふふ、でも本当に可愛い子でしたわね。アーサー君の好みどストライクなお年頃だったんじゃなくて?」
老執事を誂うようにマリアは言う。彼女もまたいつもどおりの笑顔と煽り口調で話しかける。
「はっはっは、何を言っているのかわかりませんわ。マリアおばさん先輩」
「別にぃ? ただ、少し貴方が残念そうにしているような気がして」
「ははは、御冗談を」
「安心しなさい、アーサー。あの子とはすぐにまた会えるから」
ドロシーはニコリと笑って携帯電話を取り出す。
「社長、それは?」
「エマリーちゃんの連絡先よ」
「はぁ!? いつの間に!!?」
「あのすぐ後よ。スコッツ君達が先に建物を出て、アーサーが車の準備をしている間にあの子とちょっとお話してきたのよねー」
「ドロシー……君って奴は」
「お友達は増やせる時に増やしておかないとね? 新しい出会いは待ってても訪れないんだからー」
満面の笑みでそんな事を宣うドロシーにスコットはドン引きした。
彼がドロシーを置いて外に出たのに何も言わなかったのはそういう理由があったのだ。
「……お嬢様、それは」
「それでね、アーサー。明日の朝9時に、貴方一人で総本部のエントランスまで向かいなさい。車は好きなものを選んでいいわ」
「……」
「あの子が『お父様とこの街をお散歩したいから、頼れる素敵なボディーガードと車を用意して』って僕に依頼してきたのよ。報酬は全額前払いでね」
ドロシーは携帯をしまい、テーブルに用意された食後の紅茶に口をつけた。
「言っておくけど、これはちゃんとしたお仕事よ? まさか断ったりしないでしょうね??」
「良かったわねぇ、アーサー君。枯れかけた貴方に素敵な上客がついて」
「はっはっ……」
アーサーは頭をポリポリと掻き、彼らしからぬ困った笑顔で呟いた。
「本当に、昔から困ったお方だ。貴女という女は」
老執事の言葉を称賛と受け取ったドロシーは、ふふんと誇らしげに生意気な胸を張った。
chapter.13 「今日の涙は、明日の笑顔のために」 end....