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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.13 「今日の涙は、明日の笑顔のために」
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少しビターな物語を書きたいと思い、この話が生まれました。

「さて……少し、お話をしましょうか」

「……うっ!」


 老執事は静かにケインに言い放つ。


 老執事の表情は穏やかではあったが、その胸中はケインに対する嫌悪感、失望感、殺意、そして怒りが巡っていた。


「待てっ……! 私は……」

「はい、何か言いたいことがあるならどうぞ仰ってください」

「私は、魔法の力が欲しかっただけだ! その力があれば!!」

「そうですか、それはそれは立派な目標ですな」

「だが、その為には異常管理局が」

「そうですね、彼らが許さないでしょう……ですが」


「それが、何か?」


 目の前の男に老執事は冷たく言い放った。


 彼にどんな目的があろうと、どんな思惑を巡らせようとそんな事は最初からどうでもよかった。


「貴方は、エマリー様の気持ちを踏み躙った。それだけで貴方が地獄に落ちる理由は十分です……これ以上の理由が必要ですか?」


 ケインはその執事の顔を見て硬直した。


 もう身動き一つ取れないだろう……それ程までに老執事が自分に向ける表情は、怒りに満ちた凄まじいものだった。


「まっ、待って! アーサー!!」


 そこにエマリーがやって来てケインを庇うように立ち塞がる。


「エマリー様、お退きください」

「ケインを……どうするの!?」

「少しお仕置きをするだけです」

「待って!」


 エマリーはケインが自分に何をしたのかわかっているのだろうか。


「お願い、少しだけ……少しだけでいいの! 彼と話をさせて!!」

「エマリー様」

「……お願い」


 ……いや、わかっている。それでもケインを庇った。

 エマリーにとってケインと過ごした時間は、それ程まで大切なものだったのだから。


「エマリー……お嬢様……?」

「ケイン、貴方は最低な男よ」

「……」

「でも……、でも……ッ!」

「もう、いいのです。私は……」

「ケイン、貴方は……ッ」


 エマリーは自分が何を言いたいのか、わかっているのに言い出せない。


「貴方は、私の……ッ!」


 その言葉を聞いたところで、彼が改心するとは思えなかったからだ。


「……ははっ」


 だが、ケインはそんなエマリーを捕らえ、懐に忍ばせた銃をこめかみに突きつける。


「本当に貴女は、困ったお人だ。わからないのですか?」

「ううっ……!」

「私は、もう貴女の家族(バトラー)ではありません」


 ケインは冷たく言い放つが、その瞳からは何故か涙が溢れていた。


 どうして涙が溢れるのか……ケインにはもうわからなかった。


「……」

「動くな、俺から離れろ!」

「ケイン……ッ!!」


 ドロシーはその光景を少し離れた所から見ている。


「んー……」


 助けようと思えば助けられるのだが、何故か動こうとしない。

 そんな彼女の視線は、時折教会の天井に向いた。


「どうして邪魔をするんだ? お前たちには関係ないじゃないか……この娘がどうなろうと! 俺が何を望もうとも!!」

「そうですな」

「では、何故だ!!」

「貴方には関係のない事です」


 ケインの真上、豪華な装飾が施されたシャンデリアが吊るされる天井には大きな亀裂が走っていた。

 ドロシーが放った衝撃の魔法は、朽ちかけた教会の天井には大きすぎる負担だったのだ。


 その一箇所から広がるようにして天井を亀裂が駆け巡り、そのシャンデリアを吊るす場所にまで届いてしまっていた。

 その部分はシャンデリア自体の重さもあり、今にも崩れ落ちそうになっている。


「……」


 老執事もそれに気づき、足に少しずつ力を込める。


「俺は、魔法があれば……魔法の力さえあれば!」

「いいえ、ケイン。魔法の力があっても、お母様は貴方に振り向かなかったわ」

「!?」


 エマリーは静かに言う。その顔は悲しげだったが、もう彼女の瞳に涙は浮かばなかった。


 カイザル氏の娘であるエマリーにケインの心は救えない。

 彼を救える者がいるとすれば、それは恐らく今は亡き彼女の母親だけだろう。

 彼女の脳裏を過るのは、彼と過ごした日々、優しかった彼の顔、そして微かに覚えている亡き母親の姿。



(……お父様、そしてお母様)


(……ほんの少しだけ、私に勇気をください)



 彼女、エマリー・ローゼンシュタールは再び溢れそうになる涙を堪え、絞り出すように言い放つ。


「貴方は、お母様はお父様のものだと言ったわ。でも違うの、きっとお父様と結ばれても、お母様の気持ちは貴方にも向けられていた」

「何を言い出すんだ……?」

「お母様はきっと、貴方も好きだったはずよ。だって昔から一緒に居たのは貴方なんでしょう?」

「それが……、それがどうしたというんだ! 彼女は!!」

「貴方は、踏み出せなかった。一歩踏み出せばお母様の手を取れたはずなのに……そして最後までお母様の気持ちをわかろうともしなかった」

「彼女は……、俺を!!」


「可哀想なケイン……、魔法の力なんて無くても お母様はずっと貴方の傍に居たのに」


 エマリーがか細い声で発したその言葉は、ケインの心を砕いた。


 そして崩れ出す天井。崩れた天井の破片と共にシャンデリアは彼らに向かって落ち、老執事は勢いよく駆け出した。


「く、来るなぁ……っ!!」


 ケインは手にした銃を撃とうとするが、老執事は引き金を引くよりも速く彼の懐に潜り込む。



 ────ベキンッ



 瞬く間にエマリーを捕まえている左腕と銃を持った右手首をへし折り、静かに彼女を抱き寄せた。


「……一つだけ、お教えしましょう」


 老執事は、自ら幸せを手放した哀れな男に呟く。


「己の心に背を向けた者に、決して幸福は訪れません」

「お、俺は……!!」

「訪れるのは、永遠の後悔だけですよ」



 ふと見上げれば、自分に落ちてくる美しいシャンデリアが見えた。


 逃れられない自らの最期に直面した時、ケインの頭の中には()()()()()()の光景が駆け巡った。


 それは彼女と過ごした記憶、彼と過ごした記憶……そして今、自分から離れていく彼らの子供と過ごした記憶。

 時間は驚く程にゆっくりと感じられ、その間に彼は何度後悔しただろう。


 もしもあの時、去りゆく彼女の手を取っていたなら……


 彼女の死を受け止め、こんな自分を最後まで想ってくれたエマリーの気持ちに応えられていたなら……



「────ッ!!!!」



 老執事が後ろに飛んだ直後に、ケインは言葉にならない叫びをあげながら落下する破片とシャンデリアに潰された。


「……!」


 彼の最期を見る勇気は、エマリーにはなかった。


「……どうしてそんな簡単な事がわからないのでしょうね。人間というものは」

「うっ、ううっ……!」

「本当に、度し難いものです」


 教会の床を伝う赤い血に背を向けて、老執事は震えるエマリーを抱きしめる。


 シャンデリアに下半身を潰されたケインは即死し、その死に顔は後悔の涙に塗りつぶされた悲しい笑顔だった。


それでもバッドエンドにはしません

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