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「……ッ!」
エマリーは物陰に隠れ、自分を助けに来た老執事と眼鏡の少女の戦いを見守っていた。
「はははっ!」
ハンクスは笑顔でドロシーに向けて魔法を放つ。
「ふふっ」
だがハンクスの魔法は着弾する前に同じ魔法で打ち消される。
その超人的な技術に、ハンクスは益々興奮した。
「凄いな! そんな芸当は初めて見た!!」
「同属魔法の【対消滅】よ。魔法は同じ魔法とぶつかると打ち消されるの……覚えておきなさい」
「はははははははっ!」
「ふふふ、いい顔で笑うのね。気に入ったわ」
ハンクスは歓喜の声を上げる。
赤いコートの効果はそれを身に纏う彼自身にも影響を及ぼす。
ハンクスは既に自分の顔を覚えていない。
どの様な経緯でそのコートを手に入れたのかは不明だが、彼が戦闘狂になった理由はこれを手にした事で自分も含めた近しい者達がその顔を忘れてしまい、正気ではいられなくなった所為かもしれない。
二人から少し離れた場所からは銃声が響く。
誘拐屋達は手にした銃を乱射するが、老執事には当たらない。
「ぐあっ!」
「このじじ……ごふうっ!」
まるで獣のような俊敏な動きと、弾道を瞬時に読み取る異常な動体視力で弾丸を回避しつつ距離を詰めては素手で誘拐屋の男を一人ずつ倒していった。
「くそっ! 何で当たらない!?」
「さあ、当てる気がないのではありませんかな?」
「ばけもっ……ぐああっ!」
「失礼ですな、私は正真正銘の人間ですよ」
男の胸に、老執事の拳が深々とめり込む。
「ごぷっ……!」
堪らず血を吐いて倒れる男を冷たい眼差しで見据え、残る三人の誘拐屋に視線を向ける。
「く、くそっ……!!」
男達は後悔した。ケインの提示した報酬に目が眩んで悪名高いリンボ・シティに来たとはいえ、まさかこんな目に遭うとは思っていなかったからだ。
「心中お察し申し上げます。碌でもない御主人様を持って大変ですな」
「何をしている! 早くそいつを殺せ!!」
「軽く言いやがって……ッ」
「お前たちは金さえ積めば何でもするんだろ!? だったらいくらでも金をやる!」
ケインは物陰に隠れながら男達に指示する。
「その男を殺せ、今すぐに!!」
彼は取り乱し、既に冷静さを欠いていた。
「うーん、可哀想」
ハンクスと戦いながら、ドロシーはケインに心底呆れ果てた視線を向ける。
「あんなのに雇われちゃって大変ね。私ならもっと」
「ははっ! 余所見をしていいのか!? ドロシー・バーキンス!!」
ドロシーの視線が自分から逸れた瞬間を見逃さず、ハンクスは彼女の足元に向けて爆発する光弾を放つ。
「あっ」
迎撃が間に合わないと悟った彼女は大きく飛んで回避する。
────キュドォンッ!
だが光弾は地面に着弾して爆発し、爆風は未だ着地できずに空中にあった彼女の体を更に上に押し上げてそのまま廃教会の天井に向けて吹き飛ばした
「ははははっ! 油断したな!!」
吹き飛んでいくドロシーに狙いをつけ、杖から魔法を放とうとするハンクス。
「……ふふっ」
しかしドロシーは吹き飛ばされながらも不敵に笑う。
今まさに天井に叩きつけられようとした瞬間に空中で体勢を変え、迫り来る宗教画に杖先を向ける……
「僕が油断? ふふふ……」
そして彼女は、天井に向けて魔法を放つ。
────ブワァッ!!
杖先から凄まじい衝撃波が放たれ、ドロシーを天井から勢いよく跳ね返す。
「!?」
ハンクスはドロシーへの追撃として数発の魔法を放っていたが彼女は迫り来る光弾の間をすり抜け、まるで弓から放たれた矢の如き勢いでハンクスに突撃する。
顔面の数ミリ先を魔法が掠めても、その金髪の魔女は眉一つ動かさなかった。
「なっ────」
およそ常人には考えが及ばない変態的かつ奇天烈な回避術を前に、ハンクスは目を見開いたまま硬直した。
天井に跳ね返された勢いと、ドロシーの全体重を乗せた強烈な飛び蹴りを真面に受け、ハンクスの体は突撃してきた彼女ごと軽く後ろに飛んだ。
「油断したのは、お前の方だよ。クソガキ」
「……ッ!!」
その体が地面に着くまでの一瞬、血を吐き仰向けになった彼に着地したドロシーはその胴体にコツンと杖先を当てる。
「これは僕の友達と……その友達の分よ」
ドロシーは満面の笑みで零距離から衝撃の魔法を放つ。
それは道を塞ぐ障害物や瓦礫を吹き飛ばす為の非殺傷魔法で、その魔法単体では人を殺すだけの威力はない……
────ドワォッ!
ただし、瓦礫を容易く吹き飛ばす衝撃波をまともに受けた人間が無事でいられる保証はない。
「がっ……!!」
ハンクスは全身に受けて体が文字通り弾け飛び、天高く打ち上げられた。
「ふん、僕の御相手をするには100年早かったわね」
ドロシーも余波で飛ばされるが、空中で一回転してストンと華麗に着地した。
「……ははははっ……! はーっはっはっ!!」
打ち上げられながらもハンクスは笑い続け、空中にて美しい放物線を描きながらそのまま教会の後陣にまで吹き飛んだ。
「……」
自分の真上を笑いながら飛んでいくハンクスを見上げながらケインは唖然としていた。
当然、誘拐屋達も何が起きたのかわからず硬直する。
「なんだ……? あの娘は……ッ」
「ご存知ないのですか? あのお方がドロシー・バーキンス。この世界で最も美しく、そして誰よりも立派な本物の魔法使いですよ。あの赤コート如きでは相手になりません」
老執事はドロシーについて誇らしげに説明した後、目の前で自分に銃を向ける誘拐屋達に穏やかな表情で言う。
「立ち去るのなら、どうぞご自由に」
「!?」
「倒れているお仲間も死んではいません。すぐにでも病院に担ぎ込めば助かるでしょう」
誘拐屋達は互いの顔を見合わせた。
「……」
このまま戦っても勝ち目はないし、男達はもう雇い主であるケインにも心底うんざりしていた。
「……やってられるか、畜生め」
誘拐屋は倒れる仲間を起き上がらせ、その場を立ち去ろうとするがケインは慌てて制止する。
「おい、何処に行く!?」
「金なんていらねえよ」
「何!? 待てっ……!」
「じゃあな、クソ御主人様。腕輪はこのままクソッタレな報酬として貰っていく」
「いいのか!? その腕輪は二度と外せないぞ、その気になればいつでもお前たちを……おい! 聞いているのか!!」
誘拐屋達はケインに一瞥もくれずに教会を後にする。
「帰り道に気をつけてねー」
ドロシーは去り行く誘拐屋に笑顔で挨拶し、寂しげな彼らの背中を見送る。
「……それと、その腕輪は約束さえ破らなければ爆発しないわ。安心して持ち帰りなさい」
御主人様の意思で自由に腕輪の仕掛けを作動させられるというのは唯の出任せだ。
例えその言葉どおりに男達を爆弾に変えられたとしても、もはやどうにもならない。
……そんなもので、この二人を倒す事など到底無理なのだから。
スコット君や身内が絡まなければ彼女はただのチートキャラです。