20
おいしい見せ場は後輩に譲ってあげる先輩の鑑。
「驚いたな、あの爆発で何故生きている?」
「さぁ、何故でしょうな」
ケインはハンクスの魔法を受けても平然としている老執事に問うが、彼は淡々と返す。
「何をしにきた? まさか、エマリーお嬢様を助けに??」
「はい、そのつもりです」
「……はっはっ」
老執事の言葉を聞いてケインは笑い出す。
彼はゆっくりと誘拐屋達に近づいて命令した。
「その老人を殺してくれ」
「……殺しは、別料金だ」
「なら払おう、好きな額を言ってくれ」
「……チッ!」
「……待て」
舌打ちしながら銃を構える誘拐屋を遮るように、ハンクスは老執事と対峙する。
「お前……あの魔法を受けて死なないのか」
「ええ、あの程度の魔法ならね」
「面白い」
ハンクスは笑顔で杖を向ける。
彼が構える杖は黒い木の棒のような造形をしており、杖には魔法的な紋章が刻まれている。
「随分と趣味の悪い杖をお持ちで」
「そうか? 俺は気に入っているがな」
ハンクスは手にした杖を見せびらかすように翳し、不気味な笑みを浮かべる。
「お前はジェイムスよりも、俺を楽しませてくれそうだな」
「それは保証しかねますな……楽しむ前に、貴方を倒してしまうかもしれませんので」
ハンクスが杖に魔力を注ぎ、魔法を放たんとした瞬間……
ギィィ……ッ
教会の正面入口が静かに開かれた。
入り口から教会に足を踏み入れるのは、眼鏡をかけた金髪の少女。
「君の相手は私がするわ、赤いコートの魔法使いくん」
ハンクスは入口からこちらに近づいてくる少女を見据えた。
「……お前は?」
顔立ちはあどけなく、年齢はどう見積もっても10代後半に届くかどうか。
頭頂部にアンテナのような特徴的な癖毛が生えた美少女は、ニコニコと笑いながら身廊を進む。
「お嬢様、どうして此処に?」
「細かいことは良いじゃない、私がこの赤コートの相手をするわ」
「お嬢様、それは……」
「命令よ、アーサー。貴方はあの子達の相手をしなさい……それと人前では社長と呼びなさい」
「……かしこまりました」
金髪の少女は老執事の隣に立ち、ふふんと鼻を鳴らしてハンクスを睨みつける。
「……!」
ハンクスは少女の正体に気付き、目を大きく見開いた。
「お前は……ドロシー・バーキンスだな?」
「だーれ、その子? 私の名前はドーリーよ、間違えないで」
「ああ、今日はなんて素敵な日だ。会えて光栄だ、ドロシー・バーキンス」
「人の話を聞かないやつね、まぁいいわ」
ドーリー改め、ドロシーは静かに杖を構える。
「お仕置きの時間よ、クソガキ」
手にしている杖はお馴染みのエンフィールドⅢ拳銃型短杖。
いざという時の護身用である為、手元にあるのはこの一本のみだ。
「では、私は彼らの相手を」
「じいさん、やめとけよ。こっちには銃があるんだぜ?」
「お気になさらず、丁度いいハンデになります」
銃を持った誘拐屋達の相手を任された老執事に至っては素手だ。
人数的にも、装備的にもこちらが不利であると言わざるを得ない。
「最初から本気で来なさい、殺すつもりでね」
「では、始めましょうか。あなた方は遠慮なく殺しにかかってくれて結構ですよ」
だが二人は不敵に笑いながら言い放った。
「……!?」
ケインは目の前に現れた二人の雰囲気が変わった事に気づく。
思わず腰が引け、彼の足が勝手に後ずさっていく。
まるで彼の体が無意識に逃げようとしているかのように。
「はっ!」
ハンクスの杖から魔法が放たれる。
「あら、面白い杖を持ってるじゃないの」
魔法は青白い光弾となってドロシーに迫るが、彼女は顔色を変えずに同じ色の光弾を放つ。
────パァァァン!
放たれた魔法はぶつかり合い、小さな閃光と、何かが弾けたような音だけを残して消滅した。
「!? 何……ッ」
その音に誘拐屋の男達の気が逸れた瞬間、老執事は一気に距離を詰める。
「うおっ!?」
突然目の前に現れた執事に驚き、誘拐屋の一人は反応が鈍ってしまった
「失礼します」
老執事は彼の右頬に素早く強烈な掌底打ちを放つ。
「……かっ」
男の顔はその一撃で大きく左に曲がり、そのまま膝から崩れ落ちる。
「……」
老執事は次の獲物に狙いを定め、大きく踏み込んだ。
「ちっ! くそっ……!!」
獲物となった長身の男は執事を迎え撃つように咄嗟にパンチを繰り出すも、彼はそれを躱し、パンチを放った右腕が伸びきったところでがら空きになった男の右脇腹目掛けて拳を叩き込む。
「ごぶぁっ!!」
「また失礼。早く終わらせたいもので」
男の右脇腹は拳大に陥没し、血を吐きながら崩れ落ちる。
「な……っ!?」
他の誘拐屋達は目を疑った。
目の前にいるのは白髪の老人。それが今の一瞬で二人の仲間を倒してしまったのだ。
「お前……一体何者だ?」
「唯の執事ですよ」
「お前みたいな執事がいるかよ! クソがっ!!」
一方、教会の外ではマリア達が待機していた。
「男というのは何歳になっても、やんちゃ坊主のままなのねぇ」
割られたステンドグラスを見つめながらマリアはくすくすと笑う。
「あ、あの、やっぱり俺も行きます!」
「いえいえ、問題ありませんわ。それに貴方まで行くと相手が可哀想よ」
「そう言われても……!」
「彼処まで見栄を張らせてあげたのよ? せっかくの見せ場を邪魔しちゃいけないわ」
先程のドラマチックなアーサーの突入、それはマリアの卓越したバイクテクニックがあってこそ成し得たものだ。
走行中のバイクのスピードを落とさずに車体を傾けながらドリフトターンを決め、その勢いと遠心力を利用して半ば放り出されるような形でアーサーは座席から跳躍。
彼は空中で美しいドロップキックの体勢を取り、教会正面のステンドグラスを無慈悲に突き破った。
そのままバイクで正面入口から突入すれば良かったのではないかというツッコミは野暮であろう。
恐らく、今のは老執事が考えた最高に格好良い登場の仕方であったに違いない。
『……』
『あははっ! ねぇ、今の見た!? スコッツ君! 派手だったわねー!!』
『……彼は本当に人間か?』
『一応……人間らしいですよ』
後ろから見ていた警部達は唖然とし、敬愛するドロシーには笑われてしまったが教会内のケイン達を威嚇する効果も含め、アーサーとしては満足いく登場の仕方だったのだろう。
「……そ、それはそうですけど」
「ドロシーが心配なのか? スコット君」
「え、いえ……別に心配はしてませんよ」
「うふふ、相変わらず素直じゃないですわねー。お可愛いこと」
「な、何ですか! 社長は俺より強いんですから当然でしょ! マリアさんこそどうなんですか!? 執事さんが心配じゃ」
「笑えない冗談はおやめなさい??」
こちらを威圧するようなマリアの笑顔にスコットは怖気づき、まるで金縛りにあったかのように動けなくなってしまった……