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「ちょっとキッドくーん? 新人君に変なこと吹き込んでないー?」
ドロシーがコソコソ話を続けるジェイムスに声をかける。
「いいな? ドロシーにはこれ以上関わるな」
そう言い残し、ジェイムスは足早に去っていった。
「……」
「うふふ、お嬢様が怖くなりましたか?」
「うおおっ!?」
いつの間にか日傘をさしてスコットの背後に立っていたマリアがニヤニヤと笑いながら言う。
「い、いつの間に!? い、いやいや! 別に俺はそんな……」
「私はこの世にお嬢様より素敵なレディはいないと思っていますわ。貴方もそう思いません?」
「え、ええと……」
「でも、普通の人からすればお嬢様はとても恐ろしく見えるでしょうね。ジェイムスさんは優秀な魔法使いだけど、中身は常人のお坊ちゃまですもの……」
「……」
「貴方の中身はどうかしら? 人間ですか? 悪魔ですか?」
マリアは意味深な言葉を呟く。
スコットは返す言葉が見つからずに沈黙し、こちらを見つめる黄色の瞳から目を逸らすことも出来ずに唇を噛んだ。
「お、俺は……」
「ふふふ、私には貴方がまだ普通の人間に見えますわね。もし怖くなったのなら逃げてしまいなさい」
「……」
「貴方に悪魔の二つ名は似合いませんわ」
そしてマリアはうふふと笑ってドロシーの元に歩み寄る。
「ちょっとマリアー? 新人君に何か怖いこと言ってない?」
「うふふ、何のことでしょうか。それにしても今日も大活躍でしたわね、お嬢様」
「おーい、あたしの活躍はスルーかよー?」
「アル様は……あらやだ、凄い血の匂いがしますわ。酷い匂い……あ、何を言おうとしたのか忘れてしまいましたわ」
「酷い匂い言うな! マリアの大好物の匂いだろ!?」
「いくら私でも飲む相手の血くらい選びますわよ。今のアル様からは汚泥の匂いがします……うふふ、後でお嬢様と一緒に洗ってあげなきゃ」
「え、僕も?」
「はい、お嬢様もです。うふふ」
「あぁぁ……っ! アーサー殿、いけません! そ、そんなっ……! わ、私には、私にはっ!」
「あの娘は頭の中を洗ってあげましょうか」
スコットは和気藹々とする彼女たちを遠目で見つめる。
「……俺が、普通の人間……」
マリアの言葉が頭の中で反響する。
無意識の内に肩に触れ、ふと眠りに就いた悪魔の事について考えた。
この街に来るまでは、彼女たちに出会うまでは自分に宿る悪魔がとても人の手に負えない強大な力を持った存在に思えた。こいつを止められる者などこの世にいないと人生を悲観した。
だが、この街に来てからはどうだろう?
あっという間にジェイムスに動きを封じられ、自分よりも小さな少女が異能の力を行使する魔人を圧倒し、続けて現れた怪物に鳴り物入りで挑みかかるも……怪物を倒したのは後からやって来た下着姿の少女と耳長のウェイトレス。
この街で悪魔が見せた目ぼしい活躍と言えば、二台の高級車の天井をぶち抜き、怪物を殴りつけ、怪物に向かって中指を立てただけだ。
「……ははっ、頭いてえ」
この街で暮らす彼女たちにとって、あの悪魔の力はさしたる脅威では無く……
「おーし、これで縛り終えたな。浮かせてくれ」
「了解です! はぁああっ!!」
「よーし、よーし。この近くに大物専用の転移台があるからそこまで運ぶぞ」
「了解です! あっ!」
「うわぁ、首がもげた!!」
「首がーっ!」
「うおおおい! もっと丁寧に扱ってくれよ! 異世界種の死体は重要な情報源なんだぞ!?」
管理局の職員に雑に運ばれていくあの怪物のように、見慣れた怪物の一匹に過ぎないのだ。
「ははっ、ははは……」
「スコッツくーん!」
笑顔でこちらに手を振りながら近づいてくるドロシーを見て、彼の中で一つの結論が生まれた。
「社長」
「ごめんねー、僕たちだけで盛り上がっちゃって。さぁ、帰りましょう。これからみんなで君の」
「俺なんかをファミリーと呼んでくれてありがとうございます。あんなに誰かに歓迎されたことなかったから……本当に嬉しかったです」
「あはは、急に何よー」
「社長も本当に凄かったです。それに比べて俺はあんなにカッコつけておきながら……」
「いやいやー、スコッツ君も凄かったよ? 君がいなかったら僕やられてたと思うし」
「何だか、今までの自分が情けなく思えてきました」
「あら、そうなの?」
「はい、本当にありがとうございます。俺……これから新しい自分になれるように頑張ります!」
ドロシーに心からの感謝を述べ、スコットは実に清々しい笑顔で言う。
「それで社長、一つお願いがあるんですけど……」
「辞表なら受け付けないよ?」
そしてドロシーはスコットがお願いを告げる前にこの日一番の素敵な笑顔で即答した。
「え……」
「そのお願いは聞いてあげられないね」
「まだ何も言ってませんよ!?」
「でも図星でしょ?」
彼女はスコットの心を見透かしているようにふふふーんと笑う。
「……ッ!」
スコットはそんな自分を小馬鹿にするような笑顔を見て微かに怒りが込み上がって来たが……
(馬鹿にしやがって! 馬鹿にしやがって! 本当にこの人は! ああー、ぶん殴りたい! 本気でぶん殴ってやりたい……!!)
(でも、でも……っ!)
それ以上に、彼女の可愛らしい笑顔と仕草に心からときめいてしまった。
「ぐぐ……っ!」
「あれ、どうしたの? スコッツくん、顔が赤いけど」
「何でも無いです! 放っておいてください!!」
「ふーん? まー、いいや」
ドロシーは顔を真赤にして目を逸らすスコットの手を取る。
「さぁ、仕事も終わったし帰りましょうか。ルナも心配してるだろうし」
「……」
「あ、そうだ。バタバタとして後回しになっちゃったけど、改めて言わせてもらうね」
「な、何ですか」
「ようこそ、ウォルターズ・ストレンジハウスへ。歓迎するよ、スコット・オーランド君」
そしてドロシーはスコットの手を握りながら、彼の入社を満面の笑みで歓迎した。
「……あの、ドロシーさ」
「これで契約は完了よ。悪魔だったら僕が死ぬまで契約を守ってね?」
「……俺は、人間です! それと契約するなんて一言も言ってねぇ!!」
スコットはドロシーの手を振り払おうとするが、ギューッと握りしめるその手は決して離れなかった。
chapter.2 「ここに集うは畜生ども」end....
ちなみにエルフさんのバストはメイドさんよりも大きいです。