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「例えばどのような感じに?」
いつしか受付の女性は気怠げな瞳を開き、真剣な表情でノートを開いてペンを走らせていた。
「……俺の体から突然、大きな腕を出して人を突き飛ばして大怪我を負わせたり、物や車を壊したり、酷いときには命を……」
「……じゃあ貴方に関わらない人は?」
「俺と関わらなければ、特に何も……」
すると受付の女性は安心したかのようにホッと一息つき、ペン先でページをトンと叩いた。
「あー、はいはい。わかりましたー、【Bクラス特異能力者】として登録させていただきますねー。はい、クリアー」
「えっ、もう終わりですか? その……『ここで能力を見せて下さい』とかそういうのは」
「あー、そういうのは無いですよー。ここでそんな能力を見せられても困りますしー」
「……そうですか」
「じゃあ貴方の名前と年齢と種族とー、もし良ければ出身地も教えて下さいー」
『え、今聞くの?』と言いたげな青年を尻目に女性はもう一度同じ事を言う。先程の真剣な表情は何処へやら、気怠げで眠そうな顔で彼女は彼の名を聞いた。
「貴方のお名前はー?」
「……スコットです。スコット・オーランド。年齢は19……一応、この世界出身の人間です」
マイペースで適当な受付の対応に困惑しながらも青年は自己紹介した。
「ご両親も人間ですかー?」
「……はい、生まれはアメリカ。フロリダ州のセントピーターズバーグです」
「わかりましたー。名前はスコット・オーランド、19歳。種族は人間。出身はアメリカ合衆国ー」
「……あの、わざわざ聞かなくても身分証を確認すれば」
「そうですねー、でもこちらとしては直接本人に聞く方が手っ取り早いんですよー。私、嘘や隠し事を見抜くのが得意なのでー」
「そ、そうですか」
「身分証はいくらでも偽造出来ますからねー、ふふふー」
受付の女性がノートを閉じたのと同時に机の上のプリンターから一枚の紙が印刷される。
「それでは最後に一つ聞かせてくださいー。貴方があの街で住もうと思った理由はー?」
「……」
「言えませんかー」
「人間の世界に、俺の居場所が見つからないからです」
「貴方は人間なのに?」
「もう俺を人間扱いしてくれる人なんて……こっち側にはいませんよ」
「ふふふ、なるほどー」
スコットの返事に満足したのか、受付の女性はにっこりとした笑顔を浮かべる。
「歓迎致します、素敵な辺獄にようこそー」
金の装飾が施された大きな判子でドンと押印し、笑顔でスコットに紙を手渡した。
「はい、どうぞー。これは入界許可証と、とりあえず市民権の代わりになりますー。一週間以内に庁舎に持っていって正式な手続きをしてくださいねー」
「あ、どうも……」
「あーっ、言い忘れましたが貴方はBクラス特異能力者として登録されたので、扉を潜ると管理局の人に声をかけられると思いますー。場合によってはそのまま本部に連行されるかもしれませんが、貴方は良い人だから多分大丈夫ですよー」
「えっ?」
「はい、ここでの審査は以上です。それではお気をつけてー」
受付の女性がさらりと口にした物騒な発言にスコットは困惑するが、彼の困った顔を見ても女性はニコニコ笑顔で手を振るだけだった。
「……」
「はい、次ー……番号札1345番の方ーっ」
スコットは複雑な心境で持ち物を全てカゴから取り出し、検問所の先にある移住希望者専用ゲートである月の扉へと向かう。
「……この先が、あのリンボ・シティか」
手渡された紙を握りしめてスコットは足を踏み出す。
「噂通りの場所でも、今までよりはきっとマシだよな……」
目前にある月明かりにも似た優しい光を放つ大きな黒い門……これを潜った先に彼の新天地がある。
新天地の名はリンボ・シティ。100年前、この世界に突然現れた異界と繋がる異常都市だ。
◇◇◇◇
「ブランドン橋 落ちた、落ちた、落ちたー」
「ブランドン橋 落ちたー」
「まーい、ふぇーあ、れーでぃー」
ジョージアン様式と現代建築が隣り合わせに立ち並ぶ風情ある街並み。落ち着いた色合いの建造物に挟まれる大道路で立ち往生する黒塗りの高級車。
その後部座席に座る眼鏡をかけた金髪の少女は歌いながら外を眺めていた。
「……今日も街は賑やかねぇ、みんな楽しそうー。この先でお祭りでも始まっているのかな、それともまたブランドン橋が落ちたのかなー」
「どうでしょうね。とりあえず皆さん楽しそうで羨ましい限りです」
少女の何気ない呟きに車を運転している老執事が答える。ハンドルを右手の人差し指で軽く叩きながら、前の車を不機嫌そうに見つめている。
「ところで中々進まないね、渋滞?」
「その様ですな、先程から先頭車両が動く気配がありません」
「えー、困るなー。せっかちな友達を待たせてるのにー」
「そう言われましても」
「しょうがないなぁ」
少女は隣に置いていたレトロな茶色のキャリーバッグを持って車の外に出る。そしてぐぐっと背伸びをしながら空を見上げ、にっこりと笑った。
「ドロシーお嬢様?」
いきなり道路のど真ん中に降り立つ少女に老執事は声をかける。
「外では社長って呼んで?」
「車から降りて、どうなさるおつもりですかな?」
「ここからは飛んで行くわ。車は適当な場所に停めておいて」
「……車から降りる前に一声お掛けになってください」
「ごめんね、次からは気をつけるよ」
ドロシーは老執事に笑顔でそう言って地面に置いたキャリーバッグを軽く蹴る。
「出番よ、ピクシー。友達の所まで連れて行って」
そう呼ばれたバッグは一人でに開き、鞄の中身が裏返るようにして変形していく。5秒程でレトロな自動二輪型の乗り物へと姿を変え、ドロシーが跨ると同時にふわりと宙に浮いた。
「それじゃ、お先にー」
老執事に手を振って彼女は飛び立つ。空飛ぶ魔法の乗り物は渋滞の先に見える大型銀行へと向かって行った。
「本当に、困ったお人だ。もう立派なレディだと言うのにこの調子では……いつまで経ってもお相手に恵まれませんぞ?」
老執事は小さく溜息をつき、何歳になってもお転婆娘のままなドロシーを困り顔で見送った……
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