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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.13 「今日の涙は、明日の笑顔のために」
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17

「それで? どうするつもりなのかしら??」


 マリアは老執事に背を向けたまま問う。


「エマリー様をお迎えに行きます」


 着替えを終えた老執事は素っ気ない態度で返した。


「エマリー様?」

「事情は後でお話しましょう、では後ほど」

「どちらへ?」


 エマリーは事件の黒幕であるケインに攫われてしまったが、アーサーは至って冷静だった。


 その理由は手にした小型端末にあった。彼はエマリー嬢の肩に優しく触れた時、洋服に超小型発信機を取り付けていた。あの爆発の中で端末が無事だった事も驚きだが、年端も行かない可憐な少女の衣服に躊躇なく発信機を仕込むこの執事も大概である。


「17番街区か……、確かに隠れ蓑には打って付けですな」

「聞こえているのかしら? どちらへ行くの、と聞いているのよ?」

「貴女には関係の無いことです、お気になさらず」


 老執事は最初からケインという使用人を疑っていた。


 魔法使いの護衛が付いているというのに安全の確認……等と言って部屋を離れるのは不自然すぎる。

 ハンクスの攻撃に巻き込まれないようにする為だったとしても、もう少しマシなアリバイ工作を考えるべきだ。

 せめて襲われた時にエマリーを庇い力尽きる振りをするだの、彼女を抱えて逃げようとするだのは最低限やっておくべきだっただろう。



(あのローゼンシュタール家の令嬢であるエマリー様にお仕え出来ているというのに、一体何が不満だというのですか。全く外の人間というものは本当に度し難い。人間様の底が知れますな……本当に反吐が出ます)



 表情には出さないが老執事は憤慨していた。


 エマリーの信頼を踏み躙り、その純粋な心を傷つけた。

 ケインにどんな目的があろうとそれだけで彼を唾棄すべき相手と断じるには十分すぎる理由になる。

 彼女とは今日出会ったばかりだが、老執事にとってエマリーは命に代えてでも守るべき存在になっていたのだ。



『大丈夫、お父様がお迎えに来るまで 私がお守りします』



 かつて同じ約束を交わし、そして守れなかった少女がいたのだから。


「……ははは、全く。まるで呪いのようですな」


 忌々しい過去を思い出して老執事は自嘲する。

 あの言葉を口にしたからエマリーは攫われたのではないかと邪推してしまう程に。


「車の方は……やはり駄目ですか」

「いい車でしたのに、残念ね。酷い男に散々乗り回された挙げ句にスクラップなんて可哀想ですわ」


 車に乗ったのも後からケインの車を尾行する為だったが、流石の老執事でも車の中では気配を殺して死角から忍び寄るハンクスには気付けなかった。


「急を要するのでこの辺りで、マリアさんはお嬢様達と屋敷にお戻りください」

「そうさせてもらおうかしらね。アーサー君の無様な姿も見られたし、とっても満足ですわ」

「では失礼、お美しいエマリー様が私のお迎えを待っておられますので」


 マリアにそう言い放ち、老執事は歩き出す。


「待ちなさい、小僧」


 突然、マリアが老執事を呼び止める。


「はて、何ですかな? 私は急いでいるのです」

「一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「何ですかな? 急いでいるので手短にお願いします」


 老執事は数歩進んだ後に足を止め、振り向かずに彼女と言葉を交わす。


 心なしか彼の声色はいつもよりも穏やかだった。


「そのエマリー様というのは女の子かしら?」

「はい、そうですが」

「その子は可愛いの?」

「それはそれはもう」


 振り向いた老執事は満面の笑みで言う。


「……ふふっ」


 マリアは小さく笑うとヘルメットを拾い上げてバイクに跨る。


「17番街区、でしたわね?」


 マリアはヘルメットを被り、エンジンをかけて呟いた。


「はて? 何の話で」

「乗りなさいアーサー、飛ばしますわよ」

「……お心遣い感謝致します、マリア先輩」


 老執事はマリアの後ろに乗り、振り落とされないよう彼女の腹部に手を回す。

 腕の上に不愉快で大きな二つの脂肪の塊が乗っかるが、彼は眉一つ動かさない。



 ────ブルルルォォォォォン!



 ヘルメットの下でマリアは満更でもない笑みを浮かべ、勢いよくバイクを走らせた。


「あ、行っちゃった」


 マリア達が走り出した直後にアレックス警部のパトカーも到着する。

 後部座席にはドロシー達が同乗させて貰っていた。


「警部、目の前を走るバイクを追って」

「あ!? だから例の炎上した車を」

「お願い、急いで? お礼にキスしてあげるから」

「……ッ!!」


 魔女の脅しに屈したアレックス警部は泣く泣くスピードを上げ、前を走るバイクを追った。


 パトカーの助手席にはリュークも乗っているが、その顔はもはや負の感情を乗り越え悟りの境地に至ったかの如く落ち着いたものであった。


「警部、俺 もう無理かもしれません」


 リュークは穏やかな表情で警部に心情を吐露する。


「わかるよ、俺もそろそろ限界だもん」

「……いつもお疲れさまです」

「君たちも大変だな。だが、もう少し頑張ってくれ。ドロシーがお礼をしてくれるらしいから……」


 後部座席に居座るスコット達が彼らを励ます。


「そうそう、お礼はちゃんとするよ。キスが嫌ならハグでも良いよー」

「追い打ちじゃねーか、ふざけんな」

「……冗談はやめてくださいよ」

「本気だよ? ギューッと抱きしめてあげる」


『えへへ』と笑ってそんな事を言うドロシーの愛らしい姿を見てリュークの瞳に生気が宿る。


「……」


 そんな彼とは対照的に、警部の瞳は更に濁ってしまった。


〈フゥオオオオオオオオ……ン〉

〈クォォォォォォォゥン〉


 ふと空から聞こえてくる鯨の鳴き声ような不思議な音。


「? 何の音ですか??」

「あ、見てみて! スコッツ君!!」

「何ですか、社長?」

「空よ、空。面白いものが見れるわよー」


 時刻は午後4時過ぎ。エマリーを目指して走る使用人二人とドロシー達の後を追うように、空を数頭のゴストム・ファラエールが悠々と泳いでいった。


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