14
温かい紅茶を飲みながら、どんな話にしようかと考える。
まさに至福のひとときです。
「……そんな目の色だったか?」
「ちょっとしたイメージ・チェンジよ、似合うでしょ?」
わざとらしく『てへっ』と笑いながらピースサインをするドロシーからジェイムスは無言で目を逸らした。
「まぁ……いいか」
「その怪我は? 事故? それとも……」
「はっ、事故の方が気は楽だったよ」
「じゃあ襲われたのね。今日はどんな化け物に出くわしたの?」
「……姿かたちは人間だったよ」
先程の笑顔から一変、ドロシーの表情が真面目なものにガラリと変化する。
ジェイムスはどう思っているのかは不明だが、ドロシーにとって彼は一族絡みで付き合いのある数少ない友人の一人なのだ。
「魔法使いだ。赤いコートの……ハンクスって奴にやられたのさ」
「へぇ、聞いたことのある名前ね。まだ捕まってなかったの」
「……今朝、そいつに仲間が一人殺された」
「7番街区の街頭テレビでニュースを見たわ。何者かに管理局の魔法使いがやられて、ローゼンシュタール家の一人娘が攫われちゃったって?」
「その事件に、奴が関わっていたんだよ」
「ふーん、そうなの……」
まだ話の途中だがドロシーはあからさまに機嫌が悪くなっていた。
彼女は殺害された魔法使いと面識を持っていないが、魔法使いが魔法使いに殺されたという話に強い不快感を抱いたのかもしれない。
プルルルルルルルッ
その頃、病院前で停車していた警部のパトカーに無線が入る。助手席で項垂れていたリュークは顔を上げ、無線機を手に取った。
「……はい、こちらL13Rです。どうぞ」
リュークは疲れ果てた声で無線に応じる。
因みにL13Rとは警部が乗るパトカーのコールサインで、Lは【リンボ・シティ】、13は【13台目のパトカー】、Rは【リペア=修理品】を意味する。
「……警部、5番街区の大型服飾店の前で車が爆発したそうです」
「今日の街は何かにつけて物が爆発するな」
「何でも、乗っていた老人……、老人が意識不明の重体だそうです!」
警部達の会話に聞き耳を立てていたマリアは目を見開く。
彼女はドロシーに『此処で待ってなさい』と命令されていたが、その足は自然とバイクに向かった。
「あれ、マリアさん?」
「……はぁ」
静かに溜息をついてマリアはバイクに跨がる。
そしてヘルメットを被り、ハンドル部分に備え付けられている複数のスイッチの一つを乱暴に押し込んだ。
ピ、ピ、ピ、ピ、ブゥン
軽快な電子音が鳴ると同時にサイドカーはバイク本体から分離し、連結具は折り畳まれるようにして車体の中に格納される。
「……マリアさん?」
「ごめんなさい、急用が出来ましたので出かけて来ますね」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って下さいよ! 社長が」
「お嬢様には貴方から伝えてください。それではー」
「ちょっと! マリアさん! マリアさーん!?」
スコット達を残してマリアはバイクを走らせた。
「……行ってしまったな」
「……」
「君が乗り心地が悪いなどと言ったから怒ったんじゃないか?」
「……えっ?」
マリアは走行する車の間をすり抜けるように、黒いバイクで道路を駆け抜ける。
「まさかとは、思いますけど……」
バイクが向かう先は5番街区の大型服飾店。そこには複数の服飾店が並んでいるが、大型と形容される程の店は一つしかない。
「……全く、本当に世話の焼ける小僧ですわ」
マリアはバイクのハンドルを強く握り、珍しく感情を顕にしながら言った。
「ふー……」
ジェイムスの話を聞き終えたドロシーは彼に背を向けて小さく溜息を吐く。
「本当に、近頃の魔法使いは……」
腰に左手を当て、右手で気怠げに帽子に触れる。
その仕草から、彼女はとても不機嫌になっているのだとジェイムスは察した。
「とりあえず、キッド君は休んでなさい」
「……どうするんだよ」
「ハンクス君だっけ? 前々から気に入らないとは思ってたのよ。顔も知らないけど」
「奴は……くそっ、いいやもう」
『奴は危険だ』と言いたかったのだろう。
しかしジェイムスの目の前に立っているのはあのドロシーだ。
その傍迷惑さを、その異常性を、何よりもその強さを彼は嫌と言うほど思い知らされている。
自分を破ったハンクスも相当な化け物だったが、それでもこの小さな魔女が負ける姿がどうしても想像できなかった。
古くから辺獄に住まう、この二桁区の嗤う魔女ならば────
「頼んでいいのか」
「何を?」
「いや……その」
「ちゃんと言葉で言いなさい、ジェイムス・K・アグリッパ。もう子供じゃないんでしょ?」
「……あのイカレ野郎に教えてやってくれ、この街にはもっとヤバイ奴がいることを」
ジェイムスの言葉を聞いて、ドロシーは振り返る。
「ふふふふっ……」
そして不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「ドロシーお姉ちゃんに任せなさい? ジェイムスちゃんを怖がらせる悪い子は僕が懲らしめてあげるわ」
「……人前でその呼び方はやめろ。死にたくなる」
「じゃあ、キッド君」
「……もうそれでいいよ、うん」
ジェイムスを看護師達に任せ、ドロシーは意気揚々と病院を出た。
「あれ?」
しかし病院の前にマリアの姿は無く、バイクから取り外されたサイドカーに腰掛けるスコット達の姿があった。
警部達は今まさにパトカーで走り出そうとエンジンをかけたところだ。
「マリアは?」
「……さぁ、急用が出来たから出かけるとか言って何処かに」
「スコット君が彼女を怒らせてしまってな」
「だから! あの人はあれくらいで怒るような女じゃないですから!!」
「……ふふふっ」
ドロシーは少し硬直した後、うんざりするように笑いながら帽子を脱ぐ。
彼女の特徴的なアンテナは萎びていたが、すぐに天を貫こうとするかのようにぴょこんと力強く立ち上がる。
「全く……、本当に素敵な使用人共ね」
徐にドロシーは魔法杖を出し、笑顔で警部達が乗るパトカーに杖先を向けた。
「よし、すぐに5番街区に……」
パトカーを発車させたアレックス警部がふとサイドミラーに目をやると、車に向けて杖を構える魔女の姿が映っていた……
「……」
警部は無言でブレーキを踏む。
「警部?」
「何も言うな、察しろ」
「……胃薬要りますか?」
「うん、貰う」
リンボ・シティが誇る鉄人警部、アレックス・ホークアイ。
リンボ・シティ中央警察署に勤務して、既に20年以上が経過したベテラン警察官。
この街を愛し、この街に住まう人々の平穏な日々を守る為に日夜戦い続けるタフガイが、こいつだけは好きになれないと心の底から毛嫌いする嫌な奴が存在する。
ドロシー・バーキンスである。
ちなみに最近のおすすめは砂糖の代わりに蜂蜜を溶かしたストレートティーです