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「お嬢様―! ご無事でしたかー!!」
「ケイン……? 嘘っ、ケインなの!?」
駆け寄ってくるのは、執事服を着た長身の中年男性。
濃い茶色の髪をオールバックで整え、彫りが深い顔に、黒のフレームが特徴的なメガネを着用している。
彼こそがエマリーに、そして父親のカイザル氏に仕えてきたケインという執事だ。
「ハァ……ハァ……、よくご無事で……」
ケインは額に汗を浮かべ、息も絶え絶えだった……余程の事があったのだろう。
「ケインーッ!!」
エマリーは思わずケインに抱きついた。
ケインも彼女に会えて安心したのか、その表情は感極まっていた。
「申し訳ございません、申し訳ございません……ッ! お嬢様……ッ!!」
「いいの……ありがとう。生きていてくれて……ありがとう!!」
エマリーはケインの胸で泣いていた。
もう会えないと思っていた彼が生きて自分を迎えに来てくれたのだから。
その感動的な光景を老執事は穏やかな表情で静かに見守っていた。
「お嬢様……この老人は?」
「アーサーよ、彼が助けてくれたの。彼は命の恩人よ」
「そうでしたか……お嬢様を助けていただき、貴方に何とお礼を申し上げれば……!」
「いやいや、お気になさらず。彼女は私に助けを求めた……それだけで十分な理由で御座います」
「本当に、本当にありがとうございます。お嬢様、それでは参りましょう」
ケインはエマリーを連れてその場を去ろうとする。
「あっ……、もう行くの?」
ようやく出会えたエマリーを今すぐにでも落ち着ける場所に連れて行きたいのだろう。
エマリーはアーサーを名残惜しい面持ちで見つめる。
「大丈夫、また会えますよ。それでは エマリー様……お元気で」
「ありがとう、アーサー……」
「さっ、エマリーお嬢様……この車へ」
ケインは近くに停めていた自分の車にエマリーを乗せてドアを閉めた。
そして彼はホッと一息つきながら携帯電話を取り出し────
「聞こえるか? 始末を頼む」
静かな声で、誰かに連絡した。
「……さて、では私も」
老執事はエマリーを見送った後、小さく溜息をついて車に乗る。
「……おや?」
老執事の乗る黒い高級車の前に、一人の男が現れた。
「残念だが、お前はここまでだ」
その男、ハンクスはアーサーの車に杖を向けて魔法を放った。
「!!」
老執事は咄嗟に車をバックさせるが、魔法はフロント部に命中して爆発する。
────ゴゴォォォ……ン
「……え?」
エマリーは困惑した。目の前で起きた出来事に、理解が追いつかなかったからだ。
さっきまで自分を乗せていた車、自分を守ってくれていた老執事の車が炎上している。
そして、その燃える車に冷たい視線を送る赤いコートの男。
「……」
一部始終を見届けたケインは車に乗り、何処かへと向かう。
「ケイン……? どうして……?」
「申し訳ございません、お嬢様」
「どうして……?」
エマリーの心を、深い絶望が支配した。
瞳からは自然に涙が溢れ、背中には冷たい汗が伝う。
エマリーを攫った誘拐屋の男達、そして部屋を襲撃し、護衛達を皆殺しにした赤いコートの男を雇ったこの事件の黒幕……それこそがケインだった。
「……ご安心、を……貴女は、私が、お守りします……」
燃える車の中で、老執事は血塗れの姿で動かなくなっていた。
その目は虚ろで意識も朦朧とし、半分抉れた座席に凭れ掛かりながら譫言を繰り返している。
「な、なななな……っ!?」
「きゃあああーっ!」
「おい! 人っ、まだ車に人が乗ってるぞ!!」
「救急車呼べ! 早く! 早くーっ!!」
時刻は午後4時前。まだまだ人の通りが多い、街中での出来事だった。
◇◇◇◇
「あれ、アレックス警部じゃない」
「本当ですね」
「何かあったのでしょうか」
「まぁ、この街に何も起きない日なんて無いんだけどねー」
迎えに来たマリアのバイクに乗って屋敷に帰る途中だったドロシー達は病院前に停められていたパトカーと、その前に立つアレックス警部を見つけた。
「……あー」
警部も自分に手を振る金髪の少女に気がつき、大きな溜息をつく。
「ああ、畜生……あんまりだよ神様。俺が見たいのはアイツの笑顔じゃなくてだなぁ……」
警部は天を仰ぎながら嘆く。ドロシーはまだ変装を解いていないが、一目で彼女だと気づいたようだ。
ドロシーはニックを抱いてバイクのサイドカーに、スコットは嫌そうな顔でマリアの後ろに乗っている。
警部はバイクを降りて自分に近づいてくる金髪の魔女に一言物申そうとしたが、明るいクソビッチスマイルが近づくにつれてその気力も削がれてしまった。
「どうしたの、まさか新人くんが?」
「いや……そいつもそろそろヤバイが、今連れてきたのはジェイムス氏だ」
「え? キッド君が??」
「ああ、今治療室で……おい! どこ行く!?」
「ちょっとお見舞いにね。マリアはスコッツ君達と此処で待ってなさい」
「かしこまりましたわ」
「……あの、すみませんけど俺を置いて社長と先に帰ってくれません?」
スコットはバイクから降りて両手をブラブラとさせながら言う。
「あら、どうしてかしら?」
「いえ、その……乗り心地が悪くて」
「あら、傷つきますわ。私は貴方に後ろから抱き締められるのが好きになってきたのに」
「……」
リュークはパトカーの中で項垂れている。
この街に来てからというもの、彼は今までの価値観がまるごとひっくり返されるような体験を短期間の内に両手の指で数え切れないほど経験している。
だが此処はリンボ・シティ、街の外の価値観や常識は元より通用しない。
この街の警官として順応する為にも、命ある限りは通過儀礼としてこれからも数々の災難を甘んじて受け入れなければならない。
命の危機に瀕しても、軽いジョークを口にできるようになれた時、初めて彼は立派なリンボ・シティの住人になれたといえるだろう。
くどいようだが、この街はそういうところである。
「あっ、待ってください! ここは関係者以外……ッ」
「お邪魔しまーす」
ドロシーは治療室のドアを堂々と開けて中に入る。
既に治療を終えたのか、ベッドの上で腕が四本ある医師に包帯を巻かれているジェイムスは自分に近づいてくる金髪の少女の姿を思わず二度見してしまった。
「……何でお前が?」
「友達が怪我をしたと聞いてね。思ったより元気そうじゃないの」
「あのっ! 困ります! この人はまだ」
「すみません、看護師さん。少し彼女と話をさせてください……少しの間でいいですから」
ジェイムスは突然の乱入に驚く医師や異人の看護師達を説得し、とりあえず落ち着かせる。
「……はぁ、何でいつも最初にお見舞いに来るのはドロシーなんだか」
痛む身体を無理やり起こし、大きな溜息を吐きながら見舞いに来たドロシーにうんざりしたような笑みを向けた。
