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言葉は通じるけど、話が通じない相手ほど質の悪いヤツはいませんよね。
「生憎、俺はさっさと終わらせたいんだ!」
ジェイムスは目つきを変えて杖に魔力を込める。
杖先に大きな魔法陣が発生し、周囲を風が渦を巻くように集まっていく。
その光景を警部達は息を飲んで見守っていた。
「そうだな、そのくらい思い切ってくれた方がいい。今朝の男は思い切りが足りなかった」
「……ッ!」
ハンクスの言葉に自分の胸が熱くなる感覚を覚えた。
「この、イカレ野郎がぁああああああああっ!!」
杖から放たれるのは風の砲弾。周囲の風を圧縮して放つ大技だ。
砲弾の威力は凄まじく、猛烈な風の渦を纏わせながら周囲のものを吹き飛ばし、ハンクス目掛けて突き進む。
射線上に立っているだけで吹き飛ばされそうになり、彼は思わず身をかがめる。
その魔法を先程の風の矢のように避けることはもはや無理だろう。
「……はっは」
だが、そんな状態でもハンクスは楽しげな笑みを浮かべ
「はっ、ははは……っはぁ!」
杖先に短時間だけ【風の刃】を発生させ、目前に迫った風の砲弾を切り裂く。砲弾は切り裂かれた瞬間に消滅し、周囲の暴風も一瞬にして収まった。
「何っ!?」
ジェイムスは戦慄した、ハンクスが咄嗟に使った魔法に見覚えがあったからだ。
「思ったより使えるじゃないか、この魔法。今朝の男は使い方が悪かったんだな」
「お前……ッ!」
今の風の刃を発生させる魔法はゲイルが独自に生み出したものだ。
彼はジェイムスと同じく風の魔法を得意とする魔法使いで、風で鋭利な刃を形成して杖で空を切るようにして飛ばす魔法を考案していた。
短時間だけ杖先に発生させれば、今のように近接攻撃手段としても使用できる攻撃的なオリジナル魔法である。
だが、ハンクスはそれを一目見ただけで習得してしまった。
「まぁ、本当は奴のように刃を飛ばすつもりだったが。今はこんなものか」
「ったく……悪い夢でも見てるみたいだ」
「ああ、本当に夢のようだ……魔法使い同士の戦いとは」
ジェイムスは額に汗を浮かべた。目の前の相手は強敵だ、何よりも危険すぎる。
このまま野放しにしておけば、これからも多くの魔法使いが彼の毒牙にかかるだろう……今のハンクスは自分に強い執着を向けている。
見逃してくれそうにないし、何より逃げる訳にもいかない。
逃げ切れたとしても、自分以外の魔法使いが襲われるだけだ。
(……俺がやるしかないな)
ジェイムスは覚悟を決めた。
奴は今、此処で倒すと。
「いい目つきになったじゃないか、俺の名はハンクス……お前の名前は?」
「……」
「つれない奴だ、まぁいい。その顔は覚えておくよ」
「ジェイムスだ……ジェイムス・K・アグリッパ」
「ああ、ジェイムス。いい名前だ、忘れないでおこう」
ジェイムスのフルネームを聞いて、ハンクスはその日最高の笑顔を浮かべた。
「……ちっ!」
ハンクスの不気味な笑顔を見て、ジェイムスは全身の肌が粟立つのを感じた。
奴は危険だ、まともじゃない。
呼吸を整えて杖を構えるとハンクスも同じように杖を構えて二人はそのまま睨み合った。
周囲の空気は張り詰め、二人を極度の緊張が襲う。
しかしジェイムスは緊張から汗を浮かべているが、ハンクスには余裕があり今尚笑顔を浮かべている。
「……」
周囲には既に彼等以外の人影はなく、離れた場所でパトカーに乗ったアレックス警部とリュークだけがその様子を固唾を呑んで見守っていた。
────パァンッ
そして両者の杖から魔法が放たれる。
ジェイムスの右肩に光の弾丸が命中し、彼は吹き飛ばされてしまう。
対するハンクスも左肩を風の矢が掠め、傷口から赤い血が噴き出した。
「くっ……そっ!」
右肩から青白い煙をあげてジェイムス仰向けに倒れ込む。
彼は痛みを堪えながらハンクスを睨みつける……どうやら致命傷ではないらしいが、暫く職務復帰は無理だろう。
「今のは良かった……が、最後に肩を狙ったのがお前の敗因だ。管理局の奴らは肝心なところで詰めが甘いのは皆同じだな?」
ハンクスは肩の傷をまるで意に介していないかのようにニヤリと笑う。
「……ッ!」
「今朝の奴もそうだったが、魔法は最初から相手を殺す気で撃て。特に俺のような奴相手にはな。いい教訓になっただろ」
ハンクスはそんな言葉を残してジェイムスに背を向けた。
彼が放った魔法は右肩に命中した、どうやらジェイムスの命を奪う気はなかったらしい……
もしくは、対峙した瞬間にジェイムスが 自分を殺さない と察して誂ったのか。
「まっ……待てっ……! 何で、俺は殺さない!?」
「今朝の奴は気に入らなかったから殺した。何せお前のような本気を最後まで見せなかったからな、失礼だろう?」
「何……?」
「俺は、出し惜しみをする奴は嫌いなんだよ」
ハンクスはゆっくりとした歩調でパトカーに近づき、すれ違いざまに警部達に言った。
「さっさとアイツを病院にでも運ぶんだな。死なせたくなければの話だが」
「……!!」
リュークは身動きが取れなかった。
目の前の魔法使いが放つドロシーとはまた違う異質な存在感に、全身が怖気立ってしまったのだ。
(……これが、魔法使い……なのか?)
リュークの脳裏には暫くの間、ハンクスが身に纏っていた赤いコートが焼きついてしまったという。
「くそっ……、何処かのクソビッチみたいなこと言いやがって……ッ!!」
ジェイムスは悔しげな表情を浮かべて力なく呟いた。
「大丈夫か!?」
心配した警部がジェイムスに駆け寄る。
魔法使い同士の戦闘行為はそう滅多にあるものではない。
異常管理局が禁止しているからだが、今の相手はそう言っても通じなかっただろう。
「奴がハンクス……くそっ、どうして……!」
しかし肩の怪我の痛みよりもジェイムスはある違和感の方が気になっていた。
その違和感はハンクスと対峙した時から、今もなお彼の脳裏を駆け巡っている。
「とりあえず病院だ、立てるか?」
「どうして俺は、奴の顔が思い出せなかった……!?」
ハンクスが一度も捕まったことがない理由の二つ目、それは彼の顔を誰も知らないからだ。
実は彼が身に纏う赤いコートは異界から齎された技術を利用して生み出されたもので、ある特異な能力を獲得している。
それは軽度の【認識障害】を引き起こす能力。
コートが目立つ赤色をしているのは、嫌でも人の意識をコートに向ける為でもある。
そしてコートを見た者は認識障害を引き起こして彼の顔に関する情報を思い出せなくなる……というより顔を見てもそれが顔だと認識する事ができなくなる。
赤いコートの異常性は写真や映像といったものでも効果を発揮し、あのホテルの監視カメラに姿を捉えられながらも犯人の正体が掴めなかった大きな要因がそれだ。
その姿を見ても、誰一人として犯人の顔がわからないのだ。