14
紅茶を飲むと気合が入りますが、紅茶が切れるとこの世の終わりを感じます
「……」
離れた場所で人外達の戦いを見届けたリュークは呆然と立ち竦んでいた。
「……何なんですか、アイツらは」
「化け物だよ。どいつもこいつもリンボ・シティを代表する人外共だ。関わったら命が幾つあっても足りないな」
「……警部は怖くないんですか? あんな……」
「慣れてるからな」
人外の戦いを見た後でもその一言で済ませるアレックス警部をリュークは心の底から尊敬した。
「……よし、決めた」
そしてふと何かを決心したのか、リュークはアレックス警部に言う。
「アレックス警部、転属早々に大変申し訳ないですが」
「ああ、辞表なら受け取れないぞ。本当に気の毒だが……」
「えっ」
「うちの部署は半ば強制終身雇用制なんだ。人手不足だからな」
「……う、うううっ!」
退職願を受取拒否され、ついに感情のキャパシティオーバーを引き起こして咽び泣く新人を宥めながらアレックス警部は黒塗りのオープンカーに目をやる。
「スコット……か。また一人、厄介な住人が増えちまったな」
スコット達を乗せた車が喧嘩するアルマとブリジットの近くに停まる。
「大体、お前はが来なくても何とかなったっつーの! もう殆ど勝ってたっつーの! トドメだけ持って行きやがって!!」
「出鱈目なことを言うな! あの魔獣はまだまだ余力を残していた! 膝をついたのは油断を誘うためだ!!」
「そんなわけあるか、馬鹿!」
「馬鹿とは何だ、馬鹿!」
「馬鹿って言うな、馬鹿!!」
「はーい、二人共そのくらいにしてー」
喧嘩する二人の間にドロシーが割って入る。
「二人が力を合わせて倒したってことでいいじゃない。どっちが勝っても同じなんだからー」
「ぐぐぐっ……!」
「……確かにあの魔獣は弱っていた。そこは認めよう、ただし倒せたのは私のお陰だ」
「この牛女……もう我慢の限界だ。その乳をもいでやる!」
「そうねー、ブリちゃんは凄いもんねー。アーサーも褒めてくれてるよー」
「はぁっ!」
老執事の名前を出された瞬間にブリジットの表情が変わる。
そして穏やかな笑みを浮かべる執事の姿を目にした瞬間にブリジットは顔を真赤にして後ろを向く。
「そ、そそそそそ、そんなっ! 私はただ、騎士としての、騎士としての役目ををを……」
ブリジットはたどたどしい口調で何かを言いながら身体を震わせる。
「けっ、何だアイツ。気持ち悪ーい、あのじーさんが素直に褒めるわけないだろ」
「アルマもお疲れ様。来てくれなかったら危なかったよ、ありがとう」
「……だぁろぉー? やっぱりドリーちゃんはまだまだおねーちゃんが助けてやんなきゃ駄目なんだよー」
ドロシーにお礼を言われた瞬間にアルマの表情はにへらと緩み、気持ち悪い動きで彼女に抱き着いた。
「あー、ドリーちゃんは良い子だなー。可愛いなー。チューしてやろー」
「あははー、やめてー。血生臭ーい」
「おはようのキスしてないだろー? 今してー、すぐしてー、チューしてー」
「あははー、やめてー。新人君が見てるよー」
ここでようやくアルマはスコットの存在に気づく。
「……コイツ誰?」
「彼はスコッツ君よ、僕たちの新しいファミリー」
「……ふーん」
アルマはドロシーを放し、スコットにのしのしと近づいて彼をジロジロと見つめる。
「……」
「ど、どうも……スコットです」
「……」
「あ、あの、俺はまだファミリーってわけじゃ」
「童っっっ貞くさい顔してんなァァ────!!」
ひとしきり彼をチェックしたアルマはくわっとした迫真の表情でそう言った。
「はぁ!?」
「何か頼りねぇなぁー! なよっちぃなー! 絶対に女抱いたことねぇだろー!?」
「ど、どどどど童貞じゃないですよ! お、女くらい抱いたことありますよ!!」
「嘘つけぇー! 絶対に童貞だぁー! コイツは青くせえッー! チェリーのにおいがプンプンするぜッ────ッ!!」
「な、何なんですか、アンタ! い、いきなり童貞とか何とか……!!」
「でも顔と身体はいいな、合格。人肌恋しくなったらあたしの部屋に来な」
アルマはそう言ってスコットの頬に軽く口づけし、彼を挑発しているような怪しい笑みを浮かべる。
「え、あっ! ええっ!?」
「ちょっと、アルマー? スコッツ君に何言ってるのー」
「冗談だよ、童貞ー! マジになるなってー!」
「は、はぁ……」
「わ、わわわっわ私は、私はそう! 当然の、騎士としてっ! 当然の努めを果たしたまでで……っ!!」
「えーと、この人は」
「あー、ブリちゃんは放っておいていいよ。ああなったらもう駄目だから」
スコットはまだ身体をくねらせて悶々としているブリジットに顔をしかめる。
「それにしても、スコット君は」
「あー、ゴホン。ちょっと良いかなー?」
いつの間にか近くまで来ていたジェイムスがドロシーの声を遮るようにして話しかけてくる。
「あっ、ジェームズさん! え、えーとこれは……」
「わざと間違えてるだろ。まぁ……それはもういいとして。協力感謝するよ、俺たちだけじゃあの怪物の相手はキツかったと思うからな」
ジェイムスはスコットに頭を下げて感謝の言葉を述べる。
「い、いやいや! 俺なんか全然役に立ってなかったですよ!!」
「えー? スコッツ君凄かったじゃないの。怪物に襲われる僕を助けてくれたし」
「ええと……まぁ、はい、でもあれは……」
「……スコット、ちょっと話がある。こっちに来てくれ」
「? は、はい」
ジェイムスはスコットを連れてドロシー達から距離を取る。
「……スコット、彼女と何処で知り合った? まさか君の受けた面接って言うのは……」
「何処って言われても……ええと、色々と複雑でして。仕事の面接についても……その、言いにくいんですが」
「……スコット」
ドロシーが聞き耳を立てていないか警戒しながらジェイムスは言った。
「悪いことは言わない、早く彼女から逃げろ」
「えっ?」
「そして記憶処置を受けて新しい仕事先を見つけるんだ。安心しろ、記憶処置の代金は俺が持つ」
「あ、あの」
「これはスコットのために言っているんだ。いいな? すぐに彼女のことは忘れてしまうんだ」
「じぇ、ジェームズさ」
「見た目の可愛らしさに惑わされるな、あの女は悪魔だ。女に生まれ変わったスターリンだ。ノストラダムスも予言できなかった災厄だ。これ以上、あの女に関わると君も深い悲しみと絶望を背負うことになるぞ……」
話を続ける内に段々と辛く苦しげな表情になっていくジェイムスに、スコットは憐憫にも似た切ない感情を抱いた。