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「……ああ、まだ見つかっていないそうだ。慌てるな、まだ時間はあるだろう?」
薄暗い路地裏を歩くハンクスは誰かと連絡を取っていた。
恐らくは彼や誘拐屋を雇ったこの事件の黒幕だろう。
その声色には余裕がなく、想定外の事態に黒幕は相当に焦っているようだった。
「ん、自分から? まぁいい……好きにしろ」
ハンクスは電話を切ると、路地裏を抜けた先の道を横切る一人の男が目に付いた。
肩には今朝倒した魔法使いと同じく生命の樹を象ったエンブレム、そして金のラインが入った特徴的な黒いコート。異常管理局に所属する魔法使いだ。
「そうだな、俺も少し退屈だったところだ」
彼は足早に路地裏を出て魔法使いの後をつける。
金髪の魔法使いはハンクスに気付かない……かなり思い詰めている様子だった。
「くそっ……落ち着け、気持ちを入れ替えろ。今はお嬢さんの保護が先だろ……」
その金髪の魔法使い、ジェイムスは情報収集の為に街を歩き回っていた。
だが成果は芳しくない。集中力を欠いていたジェイムスは背後に迫るハンクスに気付かなかった。
ハンクスは赤いコートから杖を取り出し、前を歩く魔法使いに狙いを定める。
「あれ、ジェイムスさんじゃないですか。どうしたんでしょう?」
「やけに浮かない顔だな……って何だ? おい! 後ろ!!」
パトカーで巡回していたアレックス警部とリュークは暗い表情で道を歩くジェイムスを見つけた。
車はジェイムスから30m程前の距離から速度を落として走っていたが気づく様子はない。
「おい、ジェイムス! 後ろだ! 後ろに!!」
「!」
警部の声を聞いて漸く我に返ったジェイムスが後ろを振り向くと、そこには赤いコートを身につけた男の姿があった……
「挨拶がわりだ、受け取っておけ」
男は静かに言い放つ。
「なッ!?」
男は杖先から白く光る弾丸のような魔法を撃つ。
ジェイムスはコートの袖口に忍ばせていた小型の杖を咄嗟に取り出し、防御障壁を展開して防御したが……
────キュドドンッ!
魔法は障壁に着弾した途端に爆発し、その衝撃でジェイムスの体は警部達のパトカーまで吹き飛ばされた。
「ぐあっ!?」
フロントガラスに叩きつけられたジェイムスは思わず声を上げる。
爆発ダメージの大半は障壁が吸収して無力化したが、それでもこの威力……直撃すれば即死だろう。
「んなっ!?」
「な、ななな、何だ!?」
「喧嘩か!?」
真昼間の、それもまだ人気のある一桁区で突如として鳴り響く爆発音に周囲の通行人にも動揺が走った。
「……ぐぅっ!」
「おいっ! 大丈夫か!?」
「警部っ! なんかアイツまた杖を向けてますよ!?」
「ああ、くそっ!」
アレックス警部はパトカーをバックさせ、赤いコートの男から距離をとる。
「今のを防いだか、面白い。今朝の男よりも楽しめそうだ」
初撃を凌いだジェイムスを見て赤いコートの男は愉快げに呟く。
「落とさないようそいつをしっかり掴んでろよ!」
「掴んでますよぉ!」
リュークはサイドガラスから身を乗り出し、ジェイムスが車のボンネットから振り落とされないように彼のコートを力一杯掴む。
「ははっ」
男は続けて爆発する光弾を杖から放つが、警部は巧みなハンドル捌きでそれをバックしながら回避していく。
「うわぁぁぁあああー!」
「やべぇ! 何かやべぇっっ……ウボァ!!」
「イヤァァァーッ!」
「ママァァ────ン!!」
風情のあるインターロッキングブロック(石畳状)の道路は爆発で抉られていき、巻き込まれた通行客はたまらず悲鳴を上げて逃げ出した。
「……ッ! アレックス警部、車を止めろ!!」
「何!?」
「止めるんだ!!」
ジェイムスは声を荒らげて言う。
「ああ、くそ……! どうなっても知らねえぞ!?」
「け、警部! ちょっ、マジで止まるんですか!?」
警部がパトカーを止めるとジェイムスはふらつきながらボンネットから降りる。
「……どうも」
「大丈夫なのか……?」
「大丈夫だと思いたいね。すまないが、もう少し下がってくれ……二人を巻き込みたくない」
「……!」
ジェイムスはパトカーがゆっくりと後ろに下がっていくのを確認し、目の前の赤いコートの男を睨みつけて歩き出す。男もゆっくりと歩み寄って来ていた。
二人の魔法使いは6m程の距離を空けて対峙する。
「お前……何のつもりだ」
「言っただろ? 挨拶がわりだ」
赤いコートの男、ハンクスの顔には笑みが浮かんでいた。
ジェイムスが実力者であることを見抜き、その事に喜んでいるのだ。
「お嬢さんを攫ったのはお前か……?」
ジェイムスはハンクスを睨みつけながら言う。ハンクスが何気なく呟いた一言が彼にはハッキリ聞こえていた。
「お嬢さん? ああ……あの子供のことか。残念だが、そいつを攫ったのは俺じゃないぞ」
「じゃあ、お嬢さんを守っていた護衛の人と、彼らと一緒にいた魔法使いを殺したのは?」
「ああ、そいつらを殺したのは 俺────」
ジェイムスはハンクスの言葉を全て聞く前に杖から魔法を放った。
杖から放たれたのは数発の疾風の矢。ハンクスの爆発する光弾程の威力はないが、目で捉えようのない風そのものを矢にして放つ為に視認は困難で、直撃すれば容易く相手を行動不能にするだけの威力はある。
「……ふんっ」
だがハンクスは障壁すら展開せずに魔法を軽々と回避し、それと同時にまた白い光弾を放つ。
「この距離で避けるのかよ! アレを!!」
ジェイムスはハンクスの体捌きに驚愕しながら、自分も大きく身をかわす。光弾は街灯に当たって爆発し、その爆風でジェイムスは大きく怯んだ。
「ぐあっ……ちぃ!」
ジェイムスはハンクスが放つ魔法の威力に戦慄しつつも杖を構えて再び彼と対峙する。
「風属性の魔法はな? 軌道がわかりやすいんだ、周囲の空気が乱れるからな……」
「くそ、街中であんな魔法放ちやがって……」
「ああ、すまない。次からは気をつけよう……できるだけ長く楽しみたいものでね」
ハンクスは戦闘狂だ。
今の彼は誘拐屋の男達や先程連絡をとっていた何者かへの態度とはまるで異なる、活き活きとした表情と声色をしている。
彼が異常管理局から危険因子として指定されている理由はそれだ。
戦うのが楽しくてしょうがないのだ。
研鑽を重ねた己の魔法で相手を倒す、その相手が強ければ強いほど倒した時の快感は増していく。
ハンクスは自分を試したいのだ。自分がどのくらい強いのかを確かめる為に。
もし負けたとしても彼は喜んでその敗北を受け入れるだろう……
「さぁ、続きをしよう。安心してくれ……あの魔法はもう使わない」
負けた場合は、自分より強い者がいた。
そのシンプルな現実に満足するだけなのだから。