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悩み事がある時はまず紅茶を飲みます。とても効果的です。
「……はい、お嬢様。わかりました」
マリアは溜息を吐きながら受話器を置く。その表情は何処か不機嫌そうであった。
「ドリーちゃん達がどうしたってー?」
リビングのソファーで棒付きキャンディーを舐めながらアルマが言う。
「アルマ、いい加減に服を着なさい」
「えー、面倒くせー。この前、せっかくお洒落したのに非童貞の反応薄かったしよー」
時刻は昼の1時過ぎ、アルマは退屈そうに足をぶらぶらと揺らしている。相変わらず下着姿のままで、用意された服に手をつける様子もない。
「ええ、アーサー君が待ち合わせの時間になっても来ないそうですわ」
「あら」
「あん? 珍しいな、あのじーさんが遅刻かよ」
「それが……彼の車も見当たらないと」
「へ??」
アルマは思わず咥えていた棒付きキャンディを落とす。
彼女は自分の股ぐらに落ちたキャンディを拾い上げ、再び口の中に放り込んだ。
「え? 何、あのじーさんがドリーちゃんを置き去りにしたの??」
「さぁ……」
「いやいや、ありえねーだろ。ドリーちゃん一筋のじーさんがあの子を置いていくわけねーよ」
「そうですね……」
「どーせガソリン足しに行ってるだけだろ。ドリーちゃんはガソリンの臭い嫌いだから」
「ありえそうですわね……」
マリアの顔には彼女の代名詞である笑顔は浮かんでおらず、うわ言のように返事をするだけだ。
「マリア?」
「はぁー……」
「大丈夫?」
心配するルナの声にも反応せず、マリアは明後日の方向を見る。
使用人として失格どころではない老執事の暴挙に、怒りを通り越して呆然としているのだろうか。
床に靴先を当ててリズミカルな音を立てながら思い詰めた表情を浮かべている。
「……」
ルナとアルマはそんなマリアの姿を見て何かを察したのか、互いの顔を合わせてくすりと笑う。
「ふふーん」
「情けないですわー……」
「マリアよー?」
「はあー……帰ってきたら骨の一本でも折るべきですわね」
「ひょっとしてあのじーさんが心配なの??」
その言葉を聞いてマリアは凄まじい勢いで振り返り、真顔でアルマを見つめる。
「アル様?」
「あっ、はい」
「何か、仰りました?」
半分冗談のつもりだったのだが、あの言葉はマリアには禁句だったらしい。
「あー、うん。ドリーちゃんが迎えに来いって?」
「仰りましたね?」
「おら、ドリーちゃんを迎えに行くんだろ? 行ってこいよ」
「私の、目を 見てください。今、何か仰りましたね??」
「はよ行けや、腹黒メイド」
「ふふふっ、相変わらず素直じゃないわね」
「奥様?」
「たまには正直になるのも大事よ?」
「奥様??」
彼女達が他愛ない会話で時間を潰している頃、異常管理局セフィロト総本部は総力を挙げてエマリー嬢の行方を追っていた。
「街の全カメラとリンクさせろ! どんな些細な映像でも見逃すな!!」
「既にやってます!」
「何としてもカイザル氏がこの街に来るまでにエマリー様を保護しろ! もし彼女の身に何かあったら……大変なことになるぞ!!」
「言われなくても!」
テレビ局にも彼女の特徴や身分を伝え、急遽特番を組んで午後2時までには放送させる。
ローゼンシュタール家はそれ程までに力を持つ貴族であり、管理局としても友好な関係を築いておきたいのだ。
何より管理局所属の魔法使いが護衛していたのにもかかわらず、エマリー嬢を攫われてしまったというのは異常管理局そのものを揺るがしかねない一大事だ。
何としてでも彼女を救い出さなければならない。
「何か掴めましたか?」
「あ、秘書官……! いえ、その……5番街区でそれらしい少女を見かけたという報告はありましたが……」
様子を見に来たサチコは情報部のリーダーに現在の捜索状況を聞くも、未だにこれと言った成果は得られていなかった。
「……困りましたね」
父親のカイザル・ローゼンシュタール氏が街を訪れるのは午後6時だ。それまでにエマリー嬢を救出し、無事に親子を再会させなければ。
サチコは眉をひそめて静かに人差し指を噛んだ。
「秘書官! これを……」
「何か情報が掴めましたか?」
「ネットで公開されて話題になっている動画なんですが……」
一人の情報部職員が言う。
「この緊迫した状況で? 何を呑気なことを言っているのですか??」
「いえ、まずは映像をご覧下さい」
サチコは眼鏡の男性職員に言われる通りにその話題の動画を視聴する。
「これは……」
映像には一人の老人と、黒いスーツに身を包んだ男達の喧嘩と思しき光景が映し出されていた。
「僅かしか映っていませんが……この老人の後ろにいる女の子は……」
「エマリー様……でしょうか?」
動画には一瞬しか映っていないが、老人の後ろに紫色の髪をした少女の姿が見られた。
父親のカイザル氏のものをそのまま受け継いだエマリー嬢の髪色は特徴的なもので、見間違いようがない。
それに例の黒服の男達が彼女を攫った者達だと仮定すれば色々と合点がいく。
エマリー嬢は何らかの方法で男達から逃げ出し、この老人に助けを求めた。
しかしそこに黒服の男達が追ってきた。事情を察した老人は、彼女を守る為に彼らの前に立ち塞がったのだと思われる。
「それに、この動き……凄いですよこの老人。あっという間に三人の男を倒しています」
しかし勇敢な老人の姿に感動する職員とは対照的に、サチコの表情は徐々に引き攣っていく。
「この人、確か……」
「でも、ここからです。倒した男が急に苦しみ出し、老人が皆に注意を呼びかけて暫くすると……大きな爆発音が聞こえて動画が途切れています」
「……」
動画には男達の末路までは映されていなかったが、彼らの苦しむ様子と不自然な爆発音でサチコはとある忌まわしい異界道具の事を連想する。
「この情報を、街のテレビ局にも提供してください」
「わかりました、今すぐに」
「では、情報部はこのまま二人の動向を追ってください。私は一先ず大賢者様に報告してきます」
「はいっ!」
サチコは情報部職員達に背中を向けて部屋を後にする。
「……」
そして様々な感情が入り交じる濁った目で携帯を取り出し、誰かに連絡を入れる……
「……もしもし」
『あーい、もしもしー。アンタから連絡が入るなんて珍しいじゃないの。今日は何があったの??』
「大至急、調べてほしい事があります。お願いできますか、リョーコさん」
『なーに? 内容によってはそれなりの金額を用意してもらうわよ??』
彼女が連絡を入れたのはウォルターズ・ストレンジハウスも懇意にしているリンボ・シティの情報屋、リョーコ・セブンスターであった。
悩み事が無くても紅茶を飲みます。




