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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.13 「今日の涙は、明日の笑顔のために」
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5

 ちょうどその頃、追手の男達が爆発した場所にパトカーが到着する。


「おいおい、今度は何の騒ぎだ?」


 車から降りたアレックス警部とリュークは嫌な臭いと煙を巻き上げる赤い染みを発見した。


「……警部、なんか嫌な染みが煙を立ててるんですが」

「あまり、深く考えないほうがよさそうだな。この街だと」

「そろそろノイローゼになりそうなんで、その言葉やめてくれませんか」


 その赤い染みを見て何かを察したリュークは とりあえず 今はその事を忘れ、近くの人に聞き込みを開始する。

 アレックス警部はそんなリュークの姿を見て何とも言えない表情を浮かべた。


「おい、見ろよ! ひでー匂いだな!!」

「ああ、何でも人が爆発したって……風船みたいに膨らんでな」

「人が『あぎゃぎゃぎゃあぁああーっ!』って叫んで ボチャア ってなったんだよ! いやぁ、中々クレイジーな」

「やめてくれませんか、ホントマジで」


 追い打ちをかけるように、野次馬が空気を読まない発言をする。

 リュークはきっと今日も記憶処置を受けるだろう……



「やれやれ、困りましたな」


 追っ手を撒いた老執事は自分の車に辿り着き、抱き抱えていたエマリーを降ろす。


「え、えっと……」

「お父様は何時頃にお迎えに来られるのですか?」

「夕方の6時頃にこの街に来るって……私の電話は壊されてお父様と連絡が取れないの」

「では、私の電話をお使いください」


 老執事は自分の携帯電話を差し出すが、エマリーは申し訳なさそうに俯く。

 小さな手を力なく握りしめ、彼女は震える声で言った。


「ごめんなさい……私、私……ッ」

「どうなさいました?」

「お父様や、お屋敷の電話番号を 自分で覚えていないの……ッ」

「……そうですか。ところでお嬢さん、貴女のお名前は?」

「え、エマリー。エマリー・ローゼンシュタール……」

「おや、それは本当ですか?」


 その名前を聞いてアーサーは驚く。


 ローゼンシュタールと言えば外の世界(アウトサイド)で大きな影響力をもった貴族の名前である。

 その娘を攫うという事がどういうことなのか、追っ手の男達やその雇い主にはわかっているのだろうか。


 もしくは、()()()()()()()()()()()という事か。


 宿泊していたホテルが襲撃を受け、彼女が攫われたのは午前10時過ぎ……ドロシーがスコットを迎えに屋敷を出る少し前の出来事だった。

 当然、彼女の耳にはその報せは入っていないし、それを伝える緊急ニュースもつい先程からテレビに流されたばかり。


「……ではエマリー様、まずはこの場を離れましょう。私の車にお乗りください」


 この時、異常管理局に一報でも入れておけばまた違ったのだろうが、老執事は連絡を入れなかった。



(はっはっ、面白いこともあるものですな。かのローゼンシュタール家のご令嬢とこの街で出くわすとは)


(お嬢様と仲良く手を繋ぐエマリー様を見たら、管理局の皆さんはどんな反応をするでしょうかね)



 理由は簡単、ドロシーを毛嫌いする異常管理局を彼は嫌っているからである。


 そもそも管理局がエマリーの行方を血眼で捜索している事自体この執事は知り得なかったし、外側の権力者がお忍びでリンボ・シティに観光に訪れるのもよくある話なのだから。


 ……その権力者に()()()()()があっても本来なら自己責任で済ませておきたいところだが、今回ばかりはそうも言っていられない。

 異常管理局にとっても、リンボ・シティにとっても深刻な問題だ。


「……守ってくれるの?」

「まずは、お着替えと行きましょう。その泥だらけの姿は、貴女には相応しくありません」


 エマリーを乗せて老執事は車を出す。


 ドロシーとの待ち合わせの時間は既に過ぎているが、今は彼女の保護と着替えの服を調達するのが最優先だ。


「ありがとう、アーサー……でいいの?」

「はい、エマリー様。私の名はアーサーです。フルネームは……長いので今は忘れてください」

「…………ッ」


 エマリーは安心して緊張の糸が切れたのか、声を殺してすすり泣く。


「うっ、ううっ……!」


 見る限り年齢は12歳程、まだまだ幼さが抜けない子供。親と離れてこの街に来たばかりに、目の前で人が殺される光景を目にした上に見知らぬ男達に誘拐された。


 年若い少女が経験するには、あまりにも重すぎる体験だ。


「これをお使いください」


 老執事は運転しながらエマリーにハンカチを渡した。


「あ、ありがとう……」

「顔をお拭きになってください、涙に濡れては折角の美しいお顔が台無しでございます」


 老執事はとある大型服飾店の前で車を止める。


「ではエマリー様、少し大きいでしょうがこのコートを着用してください」

「ありがとう、これは……?」

「そのままの格好でお店に入るわけにも参りません。かと言って今、貴女様を一人で車に待たせるわけにもいかないのです……少しの間ご辛抱を」


 車から降りるエマリーの手を取り、老執事は優しい笑顔を浮かべる。


「……ッ」


 エマリーは顔を赤くして俯く。


 親族でもない誰かに、ここまで優しくされるのは初めての事だった。

 いつも優しく見守ってくれた執事はホテルの部屋が襲撃を受ける直前に騒がしくなった外の様子を見に部屋を出たまま戻らなかった……。



(……ケイン……)



 アーサーを見ていると、優しい執事(ケイン)の事を思い出した。


 そして、もう彼は戻ってこないという事実を改めて痛感し、また大粒の涙が浮かぶ。


「エマリー様、泣いてはいけません」

「どうして……こんなことに……」

「大丈夫、お父様がお迎えに来るまで 私がお守りします」

「アーサー……、ありがとう……」


 老執事は自分の手を震えながら握るエマリーの手を、優しく握り返した。


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