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年取ってもカッコいい男って素敵じゃない? そう思ってたらこのお話が浮かびました。
「お前……一体何者だ?」
「名乗りは先ほど済ませました、二度も必要ですか?」
「ふざけやがって……!!」
激昂した追っ手の男は立ち上がって拳を握りしめる。
「ふざけていませんよ、私はいつでも真剣です」
だが老執事は特に身構える事も無く、ゆっくりとした歩調で彼に向かって行く。
「ちいっ!」
男は地面を強く踏みしめ、強烈な右ストレートを目の前の老人に向けて放つ。
老執事は小さく体を反らし、それをかわすもこの右ストレートはフェイントだ。
男はもう一歩踏み込み、左拳に力を込める。
「────かかったな、老いぼれが!!」
本命はこの左のアッパー。老人が姿勢を立て直すよりも早く、下から跳ね上がるように強烈なアッパーカットを繰り出す。
その男はボクシング経験者であり、闇仕合で勇名を馳せた実力者であった。
だが、数多の対戦相手を沈めてきた渾身の左アッパーは、その老人に軽く受け止められてしまった。
「……は?」
「本命は左ですか。いやはや、少し驚きました……いい拳を持っていらっしゃる」
受け止めた左拳を少し力を入れて握ると、老執事は笑顔で男に言う。
「この拳で沢山、人を殴り殺したのでしょうね?」
────ブシュッ!
次の瞬間、男の左拳からは血が噴き出した。
「ぎゃああああああああっ!」
「おや失礼、少し力を入れすぎました」
握り潰した男の左拳を離し、汚れた手袋を脱ぎ捨て新しい白手袋を嵌める。
「あ……あ……」
その光景を後ろで見ていたエマリーは震えていた。
目の前の老紳士は一体何者なのだろう。
70歳をとうに過ぎたであろう老齢の男が、屈強な男達を一瞬の内に倒してしまった。
「さて、少し話をしましょうか? 貴方に少々聞きたいことがあるのです」
「……ッ!」
「でしょうね、ではもう片方の拳も潰しておきますか」
「ま、待てっ! 俺たちは雇われただけだ! そのガキを連れてくるように────ぐがっ!!」
その言葉を口に出した途端、追っ手の男は苦しみ出す。
「ごあっ……!?」
「が、がぶっ!!」
腕輪のようなものが赤く発光し、先程倒した二人も同様に声を上げて苦しみ出す。
彼らの左腕が不自然に膨張し、やがて左腕を起点にして上半身全体がボコボコと泡立つように膨らんでいく。
「あぎゃっ、あががががががががががががっ!!」
「これは……っ、皆様! 離れてください!」
「うおおっ!」
「な、何だあれ!?」
「やべぇ! なんか知らねえけど、やべぇぞ!!」
老執事はエマリーを抱き上げてその場を離れ、彼の声を聞いた見物人達は大慌てで男達から更に距離をとる。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃあっ─────!!!」
既に全身が風船のように膨らんでいた男達は壮絶な悲鳴をあげながら体から血を噴き出し、直後に爆発した。
周囲の物は爆風で吹き飛ばされ、辺りの地面や近くの店の何軒かに何かが混じった赤い液体が飛び散る。
その液体には小さな残り火が消えずに残っており、嫌な臭いと煙を立てながら燃え尽きていった。
「全く、趣味が悪いものですな」
「何……? 何が起きたの??」
老執事はショッキングな光景を見せまいとエマリーの目を手で隠していた。
「突然のご無礼、お許し下さい」
そっと少女を地面に降ろし、視界を塞ぐ手を退けて謝罪する。
「あ、あの……」
「今日は災難でしたな。少し経てば警察が駆けつけるでしょう……それでは」
「ま、待って!」
エマリーは自分に背を向けて去ろうとする老執事を呼び止め、絞り出すような声で言う。
「お願い、私を守って!」
「ですから、警察がもうすぐ……」
「警察ではダメ! 普通の人だと、殺されてしまうの!!」
「……?」
「お願い、お父様がこの街に来るまでの間でいいの……私を、私を守って!!」
エマリーは涙ながらに懇願するが、老執事は返答に困った。
もうすぐドロシー達との待ち合わせの時間だ。
一先ず彼女を連れて三人と合流し、それから考えようと思った矢先に
「くそっ、あいつらどこいった……おい、なんだよこれ」
「うっ……、くそっ冗談じゃねえぞ!」
「……本当に爆発するのか。畜生、あの野郎……!」
先程の追っ手の仲間が現れた。
男達は地面で嫌な臭いを立てながら煙を上げる赤い染みを見て忌々しげに吐き捨てる。
どうやら彼らの腕輪には口封じか何かのための仕掛けが施されているようだ。
何があっても犯人は自分に繋がる情報を渡したくないらしい。
「やれやれ、考える時間もありませんか。再び失礼致します、お嬢さん」
「えっ? きゃあっ!」
「おい、あのガキだ……ッ!? 誰だ、あのじじい!」
エマリーを抱き抱えて老執事は走る。
「何してる! さっさと追いかけろ!!」
「くそっ!」
それを見て追っ手の仲間達も一斉に走り出す。
「うわっ、何だ……!?」
「失礼」
「ちょっ、こっち来んなって!」
「また失礼、非常時ですので」
「何だこのジジイ、痛ァッ!!」
「ジジイは余計です」
老執事はエマリーを抱えながらバラード・マーケットを逃げ回る。
「待て、コラァァァーッ!」
既に老齢でありながらも息一つ切らさずに人混みの間をすり抜けるように進んでいく。
二人を追う男達は必死に追いかけるもその距離は開くばかりだ。
「くそっ……! 何なんだ、あのジジイは!!」
「ガキを抱えてこれかよ……、あのジジイも異人種って奴か」
マーケットの利用客を押しのけ、かき分けながらも前に進もうとするがついに見失ってしまった。
「ち……っ! 一旦、戻るぞ!!」
男達は追跡を一旦諦める。人混みから出ようと足早に歩いていると……
「え、何……おふぁっ!!」
追っ手の一人がマーケットを物色していたスコットと盛大にぶつかった。
「ああっ! 大丈夫かいアンタ!!」
「あーっ、スコッツくーん!」
スコットは大きく仰け反り、バランスを崩してジュース屋に倒れこむ。
ドロシーは派手に転倒した彼を心配して駆け寄る。
全身ジュースまみれとなったスコットは倒れたまま硬直し、ニックは無言で地面をコロコロと転がっていた……。
「ちっ……、呑気に女を連れて歩きやがって」
ぶつかった追っ手の男は苛立ちながらそのまま歩き去った。
「……」
スコットは静かに立ち上がり、大きな溜息をつきながら天を仰ぐ。
「……これは、何のジュースですかね?」
「……ええと、それは青バナナとドラゴ・キウイのジュースだね」
「大丈夫? スコッツ君。あの子ブチ殺す?」
「いえ、大丈夫です……それよりこのジュースとても美味しいですよ。一つください」
「ああ、1L$ね。オマケもつけとくよ……、これ飲んで元気出しな」
「あはは、ありがとうございます……」
「おーい。すまないが、そろそろ私を拾ってくれないか?」
スコットは気を使ってくれる優しい店主にお礼を言い、はははと乾いた笑い声を上げながらニックを拾い上げた。




