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執事さんとメイドさんはああ見えて(ry
『今週の異界門発生予報のお時間です! 今週は空間が全体的に安定しており、門が発生する確率は低めの15%となっていますが……』
茶色の髪を後ろで纏め、明るい表情で予報を伝える女性予報師。
彼女はいつも元気で愛嬌があり、この街ではちょっとした人気者となっている。
「本当にあの子は可愛いわね。いつも元気で、素敵な予報師だわ」
「だねー、あの子のお父さんにそっくりよ」
リビングでテレビを見ていたドロシー達は言う。
「ええ、本当に可愛いですわねぇ……」
優しい目で彼女を見守るドロシーとルナに対し、マリアは空間予報師にまるで獲物を見るような妖しい視線を向けていた。
「ああ、なんという恐ろしい顔。夢に出そうですな」
「うふふ、アーサー君? 聞こえてましてよ」
「聞こえるように言いましたからな」
そんなマリアに向けて老執事はいつものように憎まれ口を叩く。
「……」
もはや日課となりつつある二人の罵り合いを見ながらドロシーはふと彼らの仲を改善できないかと考える。
「……うん、いいや。放っておこ」
だがすぐに考えるのをやめた。
今までそのような試みは全て失敗、更なる関係の悪化という悲しい結果に終わってしまっていたからだ。
「ドリー、そろそろ時間よ? 準備をしなくていいの?」
「あ、そうそう! スコッツくんを迎えに行かなきゃ」
ルナの声を聞いてドロシーはすっくとソファーから立ち上がる。
「11時過ぎには用事が終わるって言ってたしね。今日は天気もいいから迎えに行くついでにちょっと遊びに出てくるよ」
「うふふ、それではちゃんとしたお洋服を用意しないと」
「そうね、今日は爽やかなイメージの服をお願い」
「お任せください、お嬢様!」
「アーサーは車の用意をお願いね」
「かしこまりました、お嬢様」
「ルナはどう? 一緒に来る?」
「ふふふ、今日は家に残るわ。彼と二人きりで楽しんでいらっしゃい」
「ニック君も一緒だから三人だけどねー」
車に乗って出掛けるドロシーを玄関からルナと見送ったマリアは小さく溜息を吐く。
「……はぁ」
「どうかしたの、マリア?」
「何でもありませんわ、奥様」
マリアにとって日光は致命的な弱点ではないが、かなり気分が悪くなるものだった。
ドロシーの前では我慢出来ているが、今日のように天気の良い日の日差しは特に堪えるようだ。
「ただ、少しだけ羨ましいと思っただけですわ」
首筋の噛み跡にそっと触れ、彼女は少し昔の事を思い出していた。
◇◇◇◇
少し時が経って午前11時30分、異常管理局セフィロト総本部 賢者室にて
「……」
「大賢者様……」
室内は重い空気で満たされていた。
年代物の執務机の上で手を組み、沈痛な表情を浮かべる大賢者はサチコが淹れた紅茶にも未だ手をつけていない。
「……新しい情報は?」
「未だ入ってきていません。見つかったのは護衛の方の遺体のみで……」
今日、総本部にとある人物が訪れる事になっていた。
それは外の世界において強い影響力を持つ貴族【ローゼンシュタール家】の当主とその一人娘だ。
当主のカイザル・ローゼンシュタール氏は急用のために娘より遅れて訪れる事になってしまい、一足先に娘であるエマリー・ローゼンシュタール嬢が数名の護衛と使用人と共に、この街に渡ってきたのだ。
しかし先程、彼女の送迎を任された魔法使いから連絡が入った。
待ち合わせ場所のホテルで宿泊しているはずのエマリー嬢の姿はそこにはなく、何者かによって襲撃を受けて誘拐されてしまったようだ。
午前中、それも貴族を堂々と狙った犯行に大賢者は頭を抱えるしかなかった。
「……本当に、困ったわね」
犯人の姿を目撃したと思われる警備員や無関係なホテルマンも殺害され、辛うじてサルベージに成功した監視カメラの映像からは謎の【赤いコートの男】の姿が一瞬だけ映し出されていた。
このホテルは街の外から訪れて来た世界の権力者、街の重役達が好んで使用する超高級ホテルであり、当然その警備も厳重だ。
異界の技術を惜しみなく使用した防衛システムの数々や訓練された異人の警備員、部屋や廊下を四六時中監視している高性能カメラ等、いざという時の備えも万全。
それでも万が一の事を考え、今回は異常管理局の職員である魔法使いを護衛として派遣していた。
そんな場所を襲撃し、派遣した魔法使いを含めた護衛を全員殺害、数々の防衛システムを難なく突破してエマリー嬢を誘拐する。
そのような馬鹿げた真似を成し遂げた者とは一体どのような存在なのだろうか……考えれば考えるほど大賢者は頭を悩ませた。
「警察にも協力を要請して。管理局の総力をあげて彼女を無事に救い出さないと」
「わかりました」
大賢者は気を落ち着かせるべく紅茶を手に取る。
サチコの淹れた紅茶は彼女の大好物であり、それを飲む事が多忙な日々の中で心を癒せる数少ない至福の時間だった。
「……」
しかし、今飲んだ紅茶の味はとても 美味しいと言えるものではなかった。
chapter.13 「今日の涙は、明日の笑顔のために」begins....