13
「あははっ、行くぞーっ!」
先攻を取ったのはアルマだった。
地面を蹴って勢いよく加速し、瞬く間に怪物との距離を詰めて黒い斬撃を放つ。
────キィン
鳴り響くのは、驚くほどに軽やかで心地よい高音。
その音から僅かに遅れて血飛沫が上がり、初戦で切り裂かれた右腕には更に大きな裂傷が刻まれる。
〈グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!〉
怪物は悲鳴を上げながらも左腕でアルマを迎撃する。
しかし苦し紛れの大振りな攻撃はあっさりと躱されて虚しく地面を叩く。
「ははははっ、すんげぇ力だな! 当たったら死にそうだ! 当たらねえけどな!!」
地面に埋まった拳を引き抜く前にアルマは大きな左腕を足場代わりにして駆け上がり、今度は怪物の右目を切り裂く。
〈グガッ!〉
「あはは、右目一つもーらいっ!」
そして残ったもう一つの右目にも深々と刀を突き刺す。
「あはははは、二つ目もーらいっ! もう右の方じゃ見えねえなっ!!」
〈グオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!〉
アルマのスピードに反応できない怪物は成すすべもなく彼女に切り刻まれる。
怪物の鱗は魔法と銃弾への高い耐性を持ち、爆発の直撃を受けても耐える程の堅牢さを誇ったのだが……
「あはははっ! トロいぞ、デカブツ! そんなんじゃあたしを捕まえられねえぞ! その前に死ぬぞ! 死んじまうぞーっ!?」
彼女の生み出した黒刀の前では殆ど無力であった。
〈グルルッ、ルルルルルルッ!〉
全身を切り刻まれて怪物はついに地面に膝をつく。
「ほんっとーにタフだな、お前。結構、刻んだんだけどよー」
〈グル、ギル……ッ!〉
「ま、もう刻むところもねえし……終わりにしてやるよ」
アルマは刃こぼれだらけになった黒刀を構える。
「結構、楽しめたぜ? じゃあな、デカブツ。次はイケメンになって生まれ直しな!」
そして満面の笑みで怪物の首を切り裂こうとした……
「待たせたな、皆ーっ!」
周囲に響き渡る凛とした叫び声。
声のする方向からはブリジットが爆走する車の屋根にしがみつきながら現れる。
「我が名はブリジット! ブリジット・エルル・アグラリエル! アグラリエルの名において、闇の洞より現れし邪悪なる魔獣を討伐する!」
ブリジットは手にした細身の剣を空に翳す。
そして剣先で空を切るように円を描くと空中に青く輝く無数の剣が現れ、彼女の剣の動きに連動するようにその切っ先を既に瀕死の怪物に向ける。
「穿ち貫け────」
「あっ! おい、待て乳女! まだあたしが」
「────夢幻剣・滅尽!!」
怪物しか見えていなかったブリジットはすぐ傍にアルマがいるというのに先祖代々受け継いできた奥義の一つを迷いなく使った。
「このクソ女ぁああーっ!」
無数の青い剣はミサイルのように一斉に怪物に向かっていく。
アルマはブリジットを罵倒しながら脱兎の如く退避し……
────ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ
怪物は抵抗する暇もなく無数の剣に串刺しにされた。
「……魔獣は滅んだ。今日も世界は守られたな」
ブリジットは剣を鞘に納め、乗ってきた車のルーフをドンドンと叩く。
それを合図に停車し、優雅に地面に着地した彼女は運転手にお礼を言う。
「二人共よくやった。お前たちがいなければこの世界は滅びていただろう」
「……どうも」
「……有難き幸せ」
「よし、もう帰って良いぞ。さらばだ」
運転手はブリジットに中指を立てながらアクセル全開で走り去っていく。
「……しかし、酷い有様だな。私がこの場にいればこんなことにはならなかったのに……」
「このクソ乳女がぁ!」
「うぐおっ!?」
殆ど廃墟街と化した13番街区の様子に憂い顔になっていたブリジットの右脇腹にアルマの飛び蹴りが炸裂する。
「な、何をする、貴様ぁ!」
「あたしの台詞だコラァ! あたしも殺す気か、テメー! マジでその乳もぐぞ!?」
「? 言っている意味がわからんぞ! 私が狙ったのはあの魔獣だ! 貴様ではない!!」
「あのデカブツの近くにいたっつーの! 滅茶苦茶近くにいたっつーの!!」
「そうだったのか、それは悪かった。あまりにも背が小さくて私には見えなかった」
「はぁぁぁぁん!?」
「そう怒るな、私のミスだ。これからは気をつける。だからもう機嫌を直せ、子うさぎ」
「おまっ……お前、お前ーっ!」
アルマとブリジットが喧嘩するのを遠目に見ながらスコットは閉口する。
いつの間にか悪魔の腕は彼の背中に収まり、彼の片眼も元通りになっていた。
「……あの人は」
「あの子はブリジット。君の先輩だよ、あんな風に魔法の剣を生み出して戦うの」
「……何か、滅茶苦茶喧嘩してますけど」
「ああうん、あの二人仲悪いの。いつも喧嘩してばっかりなんだよね」
「ブリジットさんはアルマ様を 子供 だと思ってらっしゃいますからな。子供扱いされるのを嫌うアルマ様にとってそれは最大の屈辱なのですよ」
「……ちなみにどっちが年上なんですか?」
「うーん、どっちも同じくらいじゃないかな。二人共見た目通りの歳じゃないよ」
スコットは何とも言えない気持ちになる。
ドロシーの『見た目通りの歳じゃない』という発言が引っかかり、恐る恐る彼女に聞いてみた。
「……じゃあ、社長は」
「安心して、あの二人よりは歳下だから」
「……」
「詳しい年齢は企業秘密よ?」
ドロシーは弾ける笑顔でそう言った。
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