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「しかしこの……【今日の道筋】でしたっけ? なんで『人前でバァンバァンと叫んでから銃砲店のドアを開ける』みたいに変な条件が多いんですか?」
今日の道筋でウォルターズ・ストレンジハウスに戻ったスコットは早速愚痴を漏らす。
「知らなーい。僕が決めたんじゃないもの、その日毎に勝手に決まるのよ」
無駄に人前で恥をかく羽目になった彼にドロシーはさらりと言った。
「……もう少し楽な条件になりませんかね」
「お家にお願いしてみたら?」
「お家にって……」
「お、おかえりやがりませぇー! ご、ご主人!!」
家に戻ったスコット達を見知らぬウサ耳メイドが出迎える。
顔を真赤にしながらぎこちない笑みを浮かべた小柄なメイドを前に彼らは硬直した。
「……」
「な、何だその顔は! 何か反応しろよ! 傷つくだろ!?」
「え、アルマさん?」
「そうだよ!」
フリフリのメイドカチューシャに黒を基調としたミニスカートの特注メイド服。
普段のアルマならまず着ないであろう衣装に着替えた彼女は恥ずかしそうに叫ぶ。
「ど、どうしたんですか、アルマさ」
「どうだ、非童貞!」
「へ?」
「どうだって聞いてんだよ、オラァー!!」
「何が!?」
「今のあたしは、女らしいか? カワイイか!?」
「言ってる意味がわかりませんよ!?」
黒いウサ耳をピンを立て、そんな事を宣うアルマにスコットは引き気味に言う。
「何でだよ! 女らしいだろぉ!? オラァ、もっとよく見ろよぉ!!」
「いやいやいやいや! 本当にどうしたんですか、アルマさん! 熱でもあるんですか!?」
「う、うるせぇー! 女らしくなったあたしを見てときめけェー!!」
「うふふ、おかえりなさいませ」
玄関先でキーキーと叫ぶアルマを見かねたマリアが笑顔でスコット達を出迎えた。
「どういうことだ、マリアァー! 話が違うぞぉ!!」
「うふふ、どういうことでしょうね。私にもサッパリですわー」
「マリア、アルマに何かしたの?」
「いえいえー、私は何にもしてませんわよー。アル様が『マリアみたいに女らしくて男が喜ぶ衣装を用意しろ』と仰るのでお出ししたまでですわー」
「非童貞喜んでねぇじゃねーか! どういうことだー!!」
「うふふふー、どういうことでしょうねー」
アルマはマリアの腹部をドスドスと強めに殴る。
しかしマリアは微動だにせずにうふふと満足気に笑い、ドン引きするスコットにチラッと視線を移す。
「スコット君、ご感想は?」
「……!」
ニコッと笑いながらこの状況で感想を求む腹黒メイドにスコットは震え上がった。
「……ま、まぁ……似合ってはいますよ……」
「えっ、マジか!?」
「えぇ……まぁ。アルマさんも美人ですから……」
スコットが精一杯気を利かせた当たり障りない感想にアルマは素直に喜んだ。
「ふふふーん、それならそうとさっさと言えよー。非童貞は本当に照れ屋だなー」
黒い耳を嬉しそうにピコピコと揺らすアルマの姿に何処かデジャヴを感じつつ、スコットは無言でドロシーを見る。
彼女はそっと目を逸らし、ドロシーらしからぬ微妙な表情で玄関を上がった。
「マリア、紅茶をお願い。お菓子もね」
「はい、お嬢様。今すぐに」
「あれ、ドリーちゃんの感想は?」
「んー、似合ってるよー。すごく似合ってるー」
「そうかー! 似合ってるかー! 良かったー!!」
気の抜けたドロシーの返事を素直に受け取ったアルマは嬉しそうに笑った。
「今日も大変だったわね、スコット君」
「……マジで疲れました」
リビングでスコットの話に耳を傾けていたルナがティーカップをおいて彼を労う。
「……しかし大賢者か。この街にはまだまだ凄い魔法使いがいるんだな」
すっかりルナの膝上が定位置となったニックは話を聞いただけで怖気づいていた。
「ええ、本当に。純粋な実力だけなら大賢者様はお嬢様よりも上です。反面、女性としての魅力は マリアさんよりはマシ という程度でお嬢様や奥様方には大きく差をつけられておりますが」
「おい、君……もう少しオブラートな包み方は」
「うふふ、傷つきますわぁ」
「はっはっ、事実ですからな」
さり気なく大賢者とマリアについて辛辣な評価を下す老執事にマリアが笑顔で噛みつくが、執事は決して訂正しなかった。
「ロザリーを悪く思わないでね、彼女はドリーの事になると少し冷静じゃなくなるだけから」
「あれで少し……?」
「ロザリーは面倒くさい女だからなー。悪い奴じゃないけど、関わると疲れるタイプだ」
「……それはもう身に沁みてます」
ロザリーこと大賢者の殺意に満ちた顔を思い出してスコットは重い溜息を吐く。
「……でも、そこまで怒ることですかね」
「ロザリー叔母様はああ見えて怒りっぽいからね。普段は我慢してるだけで」
「……」
「次に会う時はちゃんと僕も一緒に連れて行くのよ、スコッツ君ー」
「あの人にはもう会いたくないですよ……」
もう彼女に会わないことを祈りつつスコットはルナとアルマに視線を移す。
「……」
「どうかしたの?」
「ん、何だ? 今日はあたしと寝るか? いいよ、来いよ!」
「いえ、その……二人は大賢者さんとどんな関係なんですか?」
「ふふふ、気になる?」
「そりゃ気になりますよ。だって……」
「そうだなー、ちょっと複雑な関係だなー」
アルマはルナと目を合わせ、少し沈黙した後に天井を見上げる。
「んー……母さんと姉さんの中間にいる……みたいな感じ?」
「何ですか、それ」
「大体そんな関係ね。亡くなったドリーの最初の母親の姉がロザリーよ」
「え、社長の?」
「そう、ドリーはロザリーの大事な妹にそっくりなの」
大賢者がドロシーの母親と聞かれてあのような反応をしたのはそれが理由のようだ。
「僕はお母様のことは殆ど覚えてないんだけどねー」
「そ、そうだったんですか……」
「あんまり記憶にないお母様を勝手に重ねられちゃうのはいい迷惑よね。本当は僕じゃなくて、お母様が大事なんじゃないかって思っちゃうから」
そう言って紅茶を啜るドロシーの頭をルナが優しく撫でる。
「ふふふ、そんなことはないわ。ロザリーはドリーが大好きだから怒るのよ」
「……どうかしら」
ルナの言葉に何とも言えない顔になりながらドロシーはスコットの方を見る。
「? 何ですか、社長?」
「別にー?」
「……?」
「何でもないよ、スコット君」
ドロシーはスコットをしばらく見つめた後、彼女らしからぬ不器用な笑みを浮かべながらプティングをパクリと頬張った。