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最近、チャイティーにハマりました。お陰で体重が増えました。
「ああっ、くそっ! やられ方まで気持ち悪いとか……最悪だろコイツ!!」
悪魔の腕は心底嫌そうに腕を振り、拳についたモンスターの体液を振り払う。
「うわっ、やめろ! 汚ぇのが飛び散るだろ! やめろ、やめろって!!」
「……本当に凄いな、君は」
「うおっ!?」
ヤリヤモ達が持参した一人用の簡易型フライングデスカーでふよふよと浮きながら、デモスはスコットに声をかける。
「お、お前……あれ、ヤリヤモちゃんは」
「君の肩に乗っていたヤリヤモちゃんは私だ。この姿を人前で晒す訳には行かなかったからな……お陰で余計な苦労をする羽目になったが」
ハムスターサイズのドロシーそっくりな少女を前にスコットは固まる。
「……君はもう覚えていないだろうが。私は……いや、私達は君に救われたんだ。もし君に出会えなければ……」
デモスは顔を赤くしてボソボソと話す。
ヤリヤモ達はスコットに自分の気持ちを伝えようと頑張る長の姿を静かに見守っていた。
「……あ、ありがとう。私は君に心から感謝している。ただ、それだけを伝えたかった」
そう言ってデモスは俯き、スコットに背を向ける。
(……これでいい。感謝の意はちゃんと伝えた。目的達成だ)
小さな胸を締め付ける身に覚えのない感情を堪えながら、彼女はヤリヤモ達の所に向かおうとする。
「お前、あの時の宇宙人か! どうしてそんなにちっちゃくなってるんだ!?」
スコットは寂しげな背中を向けるデモスに声をかけた。
「……!?」
「あー、なるほど! あの後、どうなったのか心配だったけど管理局に匿ってもらってたのか!!」
「お、覚えているのか……? 私達のことを!?」
「え、いや……忘れたくても忘れられないし」
驚いて此方に振り向くデモスに頭をポリポリと掻きながらスコットは言う。
「あんな姿にされたんだからな! 今でも夢に見るぞ、畜生! 社長そっくりの姿で一日過ごした経験はそう簡単に忘れられねーよ、バカヤロー!!」
デモスは目を見開いた。スコットは彼女の事を覚えていたのだ。
「……」
「どうりでジェイムスさん達も本気で追いかけてくる訳だよ! 全く社長は……本当に性格悪いなぁ!!」
「同志ー!」
「どうしー!」
「うおおっ! 何だ、他の奴らもいたのか!?」
ヤリヤモ達がスコットの足元に集う。
「同志、そろそろ行こう! このまま此処には居られない!!」
「かくれるよー!」
「大賢者が追っ手を向かわせてくるぞ! 早く逃げないと!!」
「もう来てるけど!」
「彼らは今、重度のサーン状態だ! 私達の声なんて聞こえてない!!」
ヤリヤモの声を聞いてはっとしたデモスは無意識のうちに滲んでいた大粒の涙を拭う。
「……そ、それならいいんだ! また会おう!!」
「えっ、お前ら何処行くんだ!? 後ろに管理局のお迎えが」
「管理局にはもう戻れない!」
「私達はこのまま身を隠すー!」
「にげるー!」
「さらばだー!」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待て! おい!!」
ブゥゥゥゥゥン!
人間の目に映らない超高度な不可視モードで上空に待機していた宇宙船が姿を現す。
ちょっとした飛行機サイズにまで小型化した宇宙船から青い光線が放たれ、デモス達の身体を包み込む。
「な、なんだっ!?」
「また会おう、スコットー!」
「後で君からシャチョウにお礼を伝えておいてくれー!」
「またねー!」
「さらばだー!」
「お、おい! さらばって……どこ行くんだよ!?」
「ここの人達に迷惑がかからない何処かだー!」
ヤリヤモ達は手を振りながらシュパンと宇宙船に吸い込まれ、青い光の筋を残して空に姿を消した。
「……」
スコットは暫く呆然と空を見上げる。
後方ではジェイムス達が同じような顔でポカンとしており、何とも言えない微妙な空気が彼らを包み込む。
「……えー、あのー……その」
「……何だ、スコット?」
「……お疲れ様です」
「……おう」
スコットなりに彼らを精一杯気遣った労いの言葉にジェイムスは頷く。
ジェイムスが居た堪れなくなったスコットは思わず目を逸らした。
「……それじゃあ、俺……社長を探して」
「スコット様、スコット様。どうか私をお忘れなきよう」
「あっ! 執事さん!? す、すみません! 忘れてました!!」
「はっはっ、傷つきますなぁ」
完全に忘れ去られていた老執事が廃車の中からスコットに声をかける。
「今、助けますからね! ふおおおっ!!」
「ああ、やっと足が楽になりました。ありがとうございます」
スコットは悪魔の腕で老執事の足を挟む車のパーツを強引にこじ開ける。
「うわぁっ! 足が! 執事さんの左足がァ!!」
「問題ありません。数分もすれば治りますので。申し訳ありませんが、治るまで肩を貸して頂けますかな?」
「治るんですか、コレ! もう原型留めてませんよ!?」
「ええ、治りますとも。まだまだこの足も現役ですよ」
痛々しい傷も全く意に介していない老執事にドン引きしつつ車から引っ張り出す。
「さて、お嬢様はどちらへ向かいましたかな」
「……さぁ」
「スコット様にはまだ伝えておりませんでしたな。あの方は大の虫嫌いでございまして」
「……でしょうね」
「どうしてもあの弱点だけは克服できないのです。あの方なりに努力しているようなのですが……」
「それでもこの状態の執事さんを見捨てて逃げるのはどうかと思いますよ」
スコットの言葉に老執事は小さく笑う。
「あの方にも、まだまだ人間らしい一面が残っておられるでしょう?」
老執事の皮肉めいた返答にスコットはただ苦笑いするしかなかった。