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「……はぁ、やられたわね」
大賢者は空になった白い鳥籠を見つめながらため息を吐く。
「だ、大賢者様! ヤリヤモ達の反応が外に……!!」
「ええ、わかっているわ。建物の外に出たのね」
端末を手に珍しく焦りの表情を見せるサチコに大賢者は落ち着いた声で言う。
「まさか空間転移の技術をあのサイズで再現してしまうなんてね。技術部の子達が知ればショックで泣いてしまうわ」
「急ぎジェイムス氏に連絡を」
「いいえ、その必要はないわ。あの子達が何処に行ったのかは見当がつくもの」
大賢者は椅子から立ち上がり、何処か寂しそうな表情で窓の外を見る。
「……あの子達にとっても……この家の居心地は悪かったんでしょうね」
「ですが大賢者様、このままヤリヤモ達を解き放っては……」
「だ、大賢者様!」
額に汗を浮かばせたナカジマが息を切らせながら賢者室に駆け込んで来た。
「ノックはしなさい?」
「あ、も、申し訳ありません!!」
「何かあったの? 『ヤリヤモちゃんが居なくなった』という報告なら不要よ」
「ほ、保管されていたヤリヤモの宇宙船が消失しました!!」
「……!」
ナカジマの報告についにサチコの口元が引き攣る。
「反応は追えるかしら?」
「追えません!」
「発信機は付けなかったの?」
「じ、実は宇宙船に設置した全ての発信機が機能停止しており、こちらからの追跡が困難です! 管理局が所有するあらゆる追跡手段も無効化されています!!」
「……」
「それは、大問題ね」
大賢者は思わず目を瞑る。
「だ、大賢者様……」
「大至急、ヤリヤモ追跡班を設立。彼女達を追いなさい」
「は、はいっ!」
「ただし可能な限り友好的な態度を装って危害は与えないこと。敵対さえしなければ彼女達から反撃されないわ」
「わかりました、今すぐに!!」
ナカジマは頭を下げて賢者室から飛び出した。
「ごめんなさい、サチコ。やっぱりジェイムスくんに連絡して」
「……はい」
「見た目に騙されては駄目ね。いくら可愛らしくても中身は異星人。もっと警戒しておくべきだったわ」
「ヤモッ」
重苦しい緊張が支配する賢者室に突然響き渡る可愛らしい声、大賢者とサチコは声のする方向に勢いよく振り向く。
「ヤモッ!」
「ヤモッ」
「ヤモー」
「ヤモッ、ヤモッ!」
そこに居たのはヤリヤモちゃん達。中の人が居ないはずのマスコットの群れが手を振りながらよたよたと物陰から近づいてきた。
「……これは」
「ヤモー!」
大賢者はヤリヤモちゃんに近づき、その一匹を拾い上げる。
「だ、大賢者様!!」
「ヤモーッ!」
警戒するサチコを横目にヤリヤモちゃんの着ぐるみを脱がす。
中から現れたのはアンテナのような癖毛のない金髪の小人。
「やーっ!」
それは脱走したヤリヤモ達が自分達の代わりとして用意した模擬体。ハムスターサイズの人造生命体であった。
「……」
「やーっ! やーっ!」
「ヤモーッ!」
「ヤモーッ!!」
「悪くないわね」
大賢者はそう呟くと、小人を抱いて執務机に戻る。
「あの……大賢者様?」
「ヤモー!」
「サチコ、彼等に連絡を」
「えっ、あっ、はい……」
机の上でパタパタと走り回る小人を優しい瞳で見つめる大賢者に背を向け、サチコはジェイムスに連絡を入れた。
(……記憶処理の費用って幾らだったかな)
その日、サチコは生まれて初めて記憶処理を受けた。
◇◇◇◇
「ヤモーッ!」
「同志ー!」
「わー! どうしー!!」
「同志ー!!」
デモスの危機を救ったヤリヤモ達が彼女に抱きつく。
「ヤモッ、ヤモ……ど、どうしてみんなが此処に!?」
「大賢者に計画がバレてしまった!」
「何だって!?」
「だからにげてきたー!」
「大賢者には悪いが、こんな時の為にサイスマル化に成功したディメンフォールアウターを用意しておいたのだ!」
「何だって!? まだ一度もテストーをしていないセミランドゥな装置を使ったのか! なんて無茶な事を!!」
「し、仕方なかったのだー!」
わちゃわちゃと可愛らしく盛り上がるヤリヤモ達を前にしてジェイムスは思考停止していた。
「……」
「あの、先輩……あれって」
>ヴヴヴッ、ヴヴヴッ、ヴーヴェーッ"<
ジェイムスのポケットの中でバイブする携帯。彼は虚ろな顔で電話に出た。
「……こちらジェイムス。ああ、はい。わかってます、はい。チビ共が脱走したんですね? え? 何でって……そりゃ目の前に居るからですよ」
サチコの報告に枯れるような声で応答する。彼の精神は既に限界を超えていた。
「はい、わかりました。はい。どーも」
「……先輩?」
ジェイムスは徐ろに杖を取り出し、ヤリヤモに光る杖先を向ける。
「先輩!?」
「止めるな、ロイド。今なら奴らを一網打尽に出来る」
「駄目ですよーっ!?」
〈ヴォギャアアアアアアッ!〉
乱心したジェイムスがヤリヤモ達を闇に葬ろうとした時、息を吹き返したギトギトモンスターが雄叫びを上げて立ち上がる。
「うわあっ!」
「ヤモー!?」
「なんだこのモンストロは! まだ生きていたのか!?」
「も、もうアモーがないよー!」
「私もだー!」
「みんな撃ち切ってしまったのか!?」
「ど、同志だけでも逃げろー!」
〈ヴガガガゴァーッ!!〉
怒り心頭のモンスターがヤリヤモ達に向けて汚い腕を振り下ろす……
────ゴキャンッ!
だが、その穢れた爪先が彼女達に届く前に青白い鉄拳がモンスターを殴り飛ばした。
「……っったく! 本当にっ!」
〈ヴァッ!?〉
「今日は! なんて日だァ!!」
モンスターに吹っ飛ばされたスコットがお返しとばかりにモンスターを粉砕する。
怒る悪魔の拳の前にモンスターの身体は粉々になり、黄色い体液をぶちまけながらベチャベチャと飛び散った。
「「「……」」」
「ああああっ! きったねええ! 気持ち悪ぃいいいー!!」
久々に青い悪魔のパワーを目の当たりにしたヤリヤモ達は目を丸めながらハムスターのように固まっていた。
小さくても甘く見るのはいけないことですよね。