18
たった一人の仲間のために全員が覚悟を決めるのはよくあること。
「貴女達を呼んだ理由はもうわかっているわね?」
場所は変わって賢者室、室内に全てのヤリヤモを集め、大賢者は神妙な顔で手を組む。
「「「……」」」
大賢者の言葉に彼女達は沈黙で答えた。
「今日、貴女達の仲間の一人が建物の外に出たわ。侵入者の肩に乗ってね」
「……」
「貴女達が気づいていない筈がないわね? 貴女達は全員と意思疎通が出来るもの……ただ一人を除いて」
沈黙するヤリヤモ達を見つめながら大賢者は言う。
「建物の外に出たのはデモスね?」
「……」
「正直に答えなさい。別に私は怒っていないわ、少し残念に思っているだけよ」
大賢者が指を鳴らすと、ヤリヤモ達の周囲を大きな白い鳥籠が覆った。
「!!」
「ヤ、ヤモッ!」
「わわっ!」
「ヤモーッ!」
「答えなさい。デモスを外に出したわね?」
いつもは彼女達を丁重に扱う大賢者だが、今日ばかりは違った。
「……ああ、そうだ。私達が協力して同志を彼の元に送り届けた」
「何のために?」
「彼に感謝の気持ちを伝えるため」
ヤリヤモの一体が大賢者をグッと見上げながら白状する。
「感謝?」
「彼のお陰で私達は居場所を見つけた」
「彼のお陰で同志は変わった」
「彼のお陰で私達も変われた」
「だから同志は伝えたかった。彼に『ありがとう』と」
ヤリヤモ達は交信器を一斉に立て、互いに手を繋いで言う。
「……それだけのために?」
「そうだ、それだけだ」
「だが、彼は私達の姿を嫌っている。だから同志はこの姿で会いに行った」
「ヤモッ!」
「だが、そのせいで感謝を伝えるチャンスを逃した。この姿では異種族と会話が出来ないから」
「ドロシーはそれを察して同志を連れ出したのだろう」
「私達の事を覚えているのは大賢者以外では彼女だけだから」
「……」
「同志が建物の外に出てしまったのは想定外だったが、私達は最良の結果だったと思っている」
ヤリヤモ達の話を聞いた大賢者は頭を抱える。
「……外でデモスに何かあったら、どうなるのかわかっているでしょう?」
「ああ、当然だ」
「彼女を決して外には出さない。それが貴女達を『客人』として扱う条件だったわ。それを貴女達は自分で破った……その意味がわかるわね?」
「……わかっている」
「じゃあ、異論はないわね?」
大賢者は悲しげな顔でヤリヤモ達を見つめる。
「「「何もない」」」
ヤリヤモ達は満足気な顔でそう答えた。
「それではこれから貴女達を客人ではなく、Aクラス危険生物種として扱います。保有する道具及び技術を没収し、厳重に封印処置。貴女達は管理局が所有する専用の施設に隔離、特別な許可が降りない限り行動を監視され、半永久的な軟禁状態に置かれます」
「……」
「……当然だけど、もう二度とこの建物には入れないわ。こうして私達と話す事も無いでしょう」
大賢者の非情な宣告にヤリヤモ達は目を瞑った。
「それでは、これから」
「その前にやっておきたい事がある」
「何かしら?」
「……君は悲しむかもしれないが」
ヤリヤモ達は互いの顔を見合わせて切なげに笑い合う。
そして同志が彼に感謝の想いを伝えられる事を願い……
「大賢者、そしてサチコ。遠い星から来た私達に優しくしてくれてありがとう」
「少しの間だったが、本当に楽しかった」
「ここにいない同志に代わって」
「親愛なる友人二人に心からの感謝を」
何処からか取り出した小さな青いスイッチを一斉に押す。
その瞬間、ヤリヤモ達の小さな身体は眩い青い光に包まれた。
◇◇◇◇
「ちょっとキッド君! 流石にこれはやり過ぎよ!!」
「こっちの台詞だよ、バカ野郎ォォォォー!!」
場所は13番街区にある大通り。アンテナをピンと立てて怒るドロシーにジェイムスは即言い返した。
「止まれと言ったら止まれや! 何でスピード上げて逃げたの!? 馬鹿なの!? お前の頭は紅茶で満たされてんの!!?」
「何よ! 友達だったら少しくらい大目に見なさいよ! 可愛いマスコットをちょっと借りてお散歩するくらいいいじゃない!!」
「誰が友達だ、ボケェェェーッ!!」
先程の高レベルな魔法戦とは打って変わって低レベルな口喧嘩で盛り上がる二人。
(社長ってこんな子供っぽい一面もあったんだなぁ……)
まるで癇癪を起こした子供のように意地でも謝ろうとしないドロシーに新鮮さを感じたスコットは小さく笑った。
「キッド君の馬鹿! もう君なんて知らな」
「ごめんなさい、ジェイムスさん! 本当にすみません! 許してください!!」
杖でジェイムスを撃とうとしたドロシーを抑えてスコットは物凄い勢いで謝罪した。
「ちょ、ちょっとスコッツくん! どうして謝ってるの!?」
「マジでごめんなさい! もうこのマスコット返しますから! 勘弁してください! ほら、社長もこの通り反省してますから!!」
「んぎゅっ!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい! もうしませんから! もう二度としませんから!!」
ドロシーの頭を悪魔の腕で強引に下げさせ、更にスコットは謝罪。
ヤリヤモちゃんを差し出し、洗練され尽くした反省ムーヴで許しを乞う。
「ヤモッ! ヤモッ!!」
「この通り! この通り! 本当に! 反省してます!!」
「んぎゅううっ!」
「……はぁぁぁ〜」
ジェイムスはひたすら頭を下げ続けるスコットの姿に何も言えなくなり、重い溜息を吐きながら天を仰いだ。
「お願いです! 許してください! 何でもしますから!!」
「ヤ、ヤモーッ!」
「……もう、いいや。許す……許すから、もう謝るのやめてくれ」
「むぐぐぐぐぐっ……!」
悔しそうにアンテナを立ててプルプルするドロシーの姿を前に少しだけスッキリしたジェイムスは杖をコートにしまう。
「……じゃ、ヤリヤモちゃんを返してもらおうか。今日はこれで見逃してやる」
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「ううっ! スコッツ君のわからず屋! 後で見てなさいよ……!!」
スコットが差し出すヤリヤモちゃんを回収しようとジェイムスが近づいた直後、黒い高級車が突っ込んだ大形トラックのコンテナが大きく歪む。
〈ヴォ……ヴォ……グォ……ッ!〉
メキメキと軋むコンテナの中からは不気味な呻き声が聞こえ、ジェイムスは久しぶりに心の底から『fuck you』と毒づいた。




