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気分が沈む時、どうしても暗くなってしまう時に読むと元気が出るお話を目指して行きたいですね。
「どうかしたの、アーサー?」
「お嬢様、空をご覧下さい」
老執事にそう言われ、ドロシーは窓から顔を出して空を見上げると
「あらー、もう来たの?」
異常管理局のヘリコプターがバタバタとローター音を響かせながらこの車を追って来ていた。
「な、何ですか!?」
「管理局のヘリが僕達を追いかけてきてるわ」
「はぁ!?」
「ヤリヤモちゃんを取り返しに来たのねー」
スコットは思わずピクピクと伸びるヤリヤモちゃんに目をやる。
「やっぱり連れて来ちゃ駄目だったんじゃないですか!」
「でも、止めなかった職員にも落ち度があると思うのよ」
「それ以前の問題ですよ!」
『そこの黒い車! すぐに停まりなさい!!』
ヘリコプターからジェイムスの不機嫌そうな声が聞こえてくる。
「ほら! 早く車を停めてください! この子を返してあげないと!!」
『聞こえてるよな!? 早く車を停めろ! 魔法で吹き飛ばすぞ!!』
「社長! このままだと魔法を撃ち込まれますよ!? 多分、あの人は本気で」
「うーん、もうちょっと街を見せてあげたいわね。アーサー、止まらずに走って」
「かしこましました、社長」
「社長ォォォォォ────!?」
ジェイムスの警告を無視して老執事はアクセルを踏み込み、猛スピードで車を走らせた。
「ああっ! くそぅ、あのクソヴィッチが!!」
ヘリコプター内のジェイムスは苛立ちながらハッチを叩く。
「ど、どうしますか!?」
「警告を無視したのはアイツらだからな! 仕方ないな!!」
「せ、先輩!?」
ジェイムスはハッチを開けて魔法杖を構え、ドロシー達の黒い高級車に狙いを定める……
「ちょ、ちょっと!」
「気にするな! これが当たってもアイツらは多分死なん!!」
そして、杖先から攻撃魔法を放った。
────バォォォンッ!
高級車のすぐ後ろの地面に着弾した魔法は強力な衝撃波を放ち、車体後部を思い切り浮き上がらせた。
「うわあああああっ!?」
「やだ、うそ! ちょっとキッド君、本気で撃ってきたの!?」
「何言ってんですか、社長! そりゃ撃ってくるに決まってるでしょうが!?」
「酷い! 僕はキッド君を友達だと思っていたのに!!」
何を言ってるんだ、この人は。
スコットは心からそう思った。ドロシーを割と本気で嫌っているジェイムスが警告だけで見逃す筈がない。
特に今日の彼は声色だけでもわかる程に怒り心頭のご様子だ。
『どうせ撃ってこないでしょ』という甘い考えが通じる訳がなかった。
「キッド君の馬鹿! 人でなし!!」
……だが、ドロシーは本気で撃ってこないと思っていたらしい。
「社長、しっかり掴まっていてください」
後部が浮いた状態ながらも車は前方タイヤのみでジグザグに走行し、老執事の神業的なハンドル捌きで体制を整える。
「うわわわわわっ!」
「ヤモッ……」
「もうっ! やってくれたわね、キッド君!!」
ドロシーは窓から身を乗り出してお返しとばかりに杖を構える。
「な、何をする気ですか!?」
「お返しよ!」
「駄目ーっ!!」
彼女は青い魔法弾をヘリコプターに向けて放った。
「ジェ、ジェイムスさん!」
「あぁん!? 上等だ、クソヴィッチ!」
「ちょっ、何してるんですか!?」
ドロシーの反撃をジェイムスが一発目の魔法で迎撃。
続く二発目は真っ直ぐドロシーの車に向かい、彼女の展開した防御障壁に阻まれた。
「せ、先輩!? 市街地での魔法戦闘は禁止されていますよ! 何してるんですか!!?」
「今は非常時だから問題ない! それにアイツが忠告を聞かずに反撃して来たのが悪い!!」
「やめてーっ!」
唐突に勃発した市街地での魔法の撃ち合い。
怒りが頂点に達していた今のジェイムスに冷静な判断力など既に残っていなかった。
「何よ! そっちがその気なら僕も本気出すわよ!!」
「社長ー! 社長ーっ! やめてください! やめてーっ!!」
「キッド君が僕に勝てるわけないんだから!」
「執事さん! ちょっと車を停めて! この子を返すから!!」
「はっはっ、無理ですな。止まると車が吹き飛びます」
「ああ、畜生! なんて日だ!!」
ヤリヤモちゃんを抱きながらスコットは半泣きで叫ぶ。
互いの魔法を打ち消し合い、防御し、迎撃し、僅かな隙を見つけて反撃に転ずる高度な魔法戦。
物凄く不毛な争いなのに止めようにも止められない悲惨な状況に彼は嘆いた。
「ヤ、ヤモォッ!」
「ほら! ヤリヤモちゃんは帰りたがってますよ!? ていうか泣いてますよ、この子! もういい加減にやめてください!」
「くらえー! その趣味の悪い白いカトンボを吹っ飛ばしてやる!!」
「聞いてくださいよ、社長!!」
チュイン! バチュン! ゴゴォン!
「グワーッ!」
「ボォォォォブッ!」
「イャアアアアアアアッ!!」
流れ弾に巻き込まれた罪なき一般人達が悲鳴を上げて吹っ飛んでいく。
「ああっ! もう、クソッタレェ!!」
徐々に拡大していく被害を見ていられなくなったスコットは意を決し、窓から身を乗り出していたドロシーを車内に引き戻す。
「な、何をするのよ! スコッツ君!?」
そして強引にドロシーの唇を奪った。
「……ふやっ?」
「これで、目が覚めましたか! 社長!?」
「えっ、あっ、あわ」
「目が覚めましたね!?」
突然の大胆なキスにドロシーは目を丸め、あわあわと意味の無い単語を繰り返す。
────バゴォーンッ!
ジェイムスが放った魔法が車を吹き飛ばしたのは、そのすぐ後の事だった。