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着ぐるみの中身に驚愕するのはよくある事です。仕方ないね。
「ありがとうございました! また来てくださいねー!」
昼食を終えて店を出たドロシー達をアトリは笑顔で見送った。
「ふふふっ、可愛かったですね! ヤリヤモちゃん!!」
「……そうだね」
ヤリヤモちゃんの愛らしい姿を間近で堪能出来たアトリは幸せそうに言う。
しかし妻の言葉にタクロウは微妙な反応で返した。
「? どうかしましたか?」
「いや、別に。ただ……俺はあのマスコット苦手だなあ」
「えっ、どうして!?」
「わからない。でも何か、何か苦手なんだよ……! アレを見てると寒気がする!!」
身に覚えのない悪寒にタクロウは身震いする。
彼の記憶からはヤリヤモ達の騒動は綺麗さっぱり消されているが、その魂の奥底には未だ癒せぬ深い傷が刻まれているのだ……
「わからない! でも、でも俺の魂があのマスコットがヤバい奴だって叫んでるんだよ! アトリさん!!」
アトリは目を見開いて震えるタクロウの肩にそっと触れる。
「……あなた、今日はもうお休みにしましょう?」
彼女はマスコットに怯える夫にそう言った。
「え、いや大丈夫だよ? もうアイツらは店を出ていったし! 全然大丈夫だって!!」
タクロウの頭上から聞こえてくるヘリのローター音。
見上げると異常管理局の白いヘリコプターがこちらに向かってくる。
「お、何だ? あれは異常管理局のヘリじゃないか」
「何かあったんでしょうか」
ヘリコプターはビッグバードの近くに着陸し、機内からジェイムスが慌ただしく降りてきた。
「営業中に大変申し訳ないんだが、少しいいかな!?」
「何だよ! 店の前にヘリ置くなよ! 近所の皆さんに迷惑だろ!?」
「マジごめん! だが、こっちも非常事態なんだ! 少しだけでいいから協力してくれ!!」
ジェイムスは息を切らせながらタクロウに走り寄る。
「協力って言われてもよ!」
「こ、この店にクソビ……いや、ドロシーは来なかったか!?」
「ドロシーさんですか?」
「そう! 来なかったか!? 何なら店の中に居ないか!!?」
クロスシング夫妻は顔を合わせる。
「うん、来たよ。ウチで昼飯食っていった」
「でも、つい先程に店を出ていきましたよー」
「クソァ!!」
一歩遅かったジェイムスは悔しげに地団駄を踏む。
「ドロシーが何処に行ったかわかる!?」
「わかるか!」
「だよね、畜生!!」
「ドロシーさん達はこの道を車でまっすぐ行きましたよ。この先の広場に向かったのかも」
「ありがとう、助かるよ!」
ジェイムスは物凄い勢いで頭を下げてヘリに戻る。
「おい、待て! あのクソヴィッチ、今日は何したんだよ!?」
「不法侵入に器物損壊の上に誘拐だよ!」
「誘拐!?」
「あの女、勝手に建物に上がり込んでドンパチやらかした上に大事なマスコットを連れ去りやがったんだ!!」
忌々しげに吐き捨て、ジェイムスはヘリコプターでドロシーを追った。
「……マジかよ、アイツ」
「ゆ、誘拐だったんですか。凄く懐いているように見えたんですけど……」
◇◇◇◇
「ヤモッ!」
ヤリヤモちゃんはスコットの肩に乗り、車の窓越しに13番街区の街並みを眺めていた。
「こうしてゆっくりと街を見る機会なんて無かったでしょ」
「ヤモッ、ヤモッ!」
「このサイズじゃ迂闊に外なんて出歩けないでしょう。着ぐるみみたいに中に人が入ってる訳でも無いし」
何も知らないスコットの発言にヤリヤモちゃんは反応する。
(……中に人が入っているんだがな)
何か言いたげな顔でスコットを見つめるヤリヤモちゃんにドロシーはくすくすと笑う。
「中に誰かが入ってるかも知れないよ? 触って確かめてみたら?」
「えっ」
「ヤモッ!?」
「この街にはまだまだスコッツ君が知らない異人が沢山いるよ。もしかしたらその中身は……」
ヤリヤモちゃんは大慌てでスコットの肩から降りようとしたが、すぐに彼に捕まった。
「ヤモーッ!」
「マジでこの中に人が入ってるんですか!?」
「僕は かもしれない って言っただけよ」
「ヤモッ、ヤモッ!!」
「うーん……そう言われてみると」
スコットはヤリヤモちゃんの身体をむにむにと触って確かめる。
(ふ、ふわああっ! やめっ! やめろー! そこっ! そこダメっ……ふぁぁぁんっ!!)
着ぐるみ越しにスコットに柔肌を弄ばれてデモスは喘ぐ。
何とか彼の手から逃れようとするが、文字通り手も足も出ない。
「……本当に中に誰か入ってそうですね」
「スコッツくん、触りすぎ。中の人が女の子だったらどうするの?」
「ヤ、ヤモォ……」
「えっ!?」
中身がデモスだと知っているドロシーは微妙な顔でスコットを見る。
「お、女の子なんですか……って言うか、もしかして社長は中身知ってます!?」
「えー? 知らないよー」
「その反応は知ってますね!?」
ドロシーの反応を見てスコットは確信。ぐったりするヤリヤモちゃんを座席に寝かせてドロシーを問い詰める。
「正直に話してくださいよ! ひょっとしてあの中身は俺の知り合いじゃないですよね!?」
「ええー? そんなことないと思うよー? 君の知り合いにあんなに小さな子は居ないでしょ??」
「その顔! その顔は俺に何か隠してる時の顔ですよね! 流石にもうわかりますよ!?」
「やだー、もう僕の顔だけで心がわかるようになったの??」
「茶化さないでください!」
バタバタバタバタ……
ドロシーとスコットの微笑ましいやり取りにほっこりしていた老執事の耳にヘリのローター音が聞こえてくる。
「おや、これは……」
老執事がサイドミラーに目をやると、見慣れた白いヘリコプターがこの車を追いかけてきていた。