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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.12「天使と悪魔とエイリアン」
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14

「……大賢者様」


 職員から連絡を受け取ったサチコが眉をひそめながら大賢者に声をかける。


「どうしたの、サチコ」

「……ヤリヤモちゃんの一体が建物の外に出ました」


 サチコの言葉で大賢者は目を見開いて硬直、その場にいた職員達は一斉に口を開いた。


「はぁ!?」

「だ、だだだ、脱走ですか!?」

「マジで!?」

「ナンダッテー!?」

「駄目でしょ!? アレは外に出しちゃ駄目でしょ!!」


 この特別面会室に集まったジェイムス達はあの13番街区ヤリヤモ騒動に直接関わったメンバーだ。

 本人達の願いも虚しく記憶は保持されたままであり、ヤリヤモちゃんの正体を知っている。


「……どうやって逃げたの?」

「……」

「サチコ?」


 真剣な顔の大賢者に問い詰められてサチコは目を瞑る。


「……ドロシー・バーキンスと同行していたスコット・オーランドの肩にへばりついてそのまま出ていったそうです」


 サチコの返答に大賢者は思わず目頭を抑えた。


「……だからその子に埋め込んだ自宅滞機(ハウスシッター)は作動しなかったわけね」

「完全に盲点でした」

「……ドロシーの傍に居れば無効化できるもの」


 自宅滞機(ハウスシッター)とはヤリヤモ達が小型化した際に体内に埋め込まれたペット用の超小型魔導具だ。

 それが作動している限り彼女達は【家】と設定されたこの建物から出る事が出来ないようになっており、出ようとすると体内の魔導具から強い嫌悪感を誘発する電波が流れる。


 その為、ヤリヤモ達が外に出るには飼い主(ほごしゃ)として設定されている大賢者、もしくは()()()()()が同行して魔導具が作動しないようにする必要がある。


「やられたわね」


 ドロシーがその事を知っていたのかは不明だが、彼女が傍にいた事で自宅滞機は作動せずに彼女は外に出る事が出来たのだ。


「……如何致しますか?」

「大至急、捜索して連れ戻しなさい。彼女達はまだ街に解き放つべきではないわ」

「わかりました」

「それと……外に出たヤリヤモがデモスか、それ以外なのかをすぐに確認して。もしもデモスだった場合は……」


 大賢者は手を組み、彼女らしからぬ剣呑な表情で言う。


「……可哀想だけど、あの子達には()()()()()()()()()()必要があるわ」


 サチコはその言葉を聞いて小さく息を呑む。ジェイムス達も大賢者の非情な言葉を聞いて押し黙った。


「……すぐに確認させます」

「ジェイムス君」

「は、はい。大賢者様」

「その子達を連れてドロシーを追いなさい。脱走したヤリヤモは可能であれば無傷で回収して」

「はっ、はい!」


 ジェイムスはソファーから飛び上がるように起立し、勢いよく頭を下げて面会室から出ていった。


「ま、待ってください! 先輩ー!!」

「何してる! 急げ、さっさとアイツらを捕まえるぞ!!」

「ジェイムスサーン!」

「ジェイムスさーん!!」


 彼を追って足早に出ていくロイド達を見送った後で大賢者は重いため息を吐く。


「……少し甘やかし過ぎたかしらね」

「……そうかも、しれません」

「ごめんなさい、サチコ。本当に可愛らしかったから……」


 少し冷めた紅茶に一口つけ、切なげな顔でそんな事を言う大賢者にサチコは何も言えなくなった。


「やっぱり私は母親には向いてないのね」

「そんな事はありません、大賢者様」


 物思いに耽りながら大賢者が呟いた言葉をサチコはすぐに否定する。


「……そういうことは、言わないでください」

「……ふふ、そうね。ごめんなさい、サチコ」

「……」

「サチコ、隣が空いているわ」

「えっ」

「座りなさい?」


 珍しく自分の気持ちを正直に打ち明けるサチコを見て大賢者はようやくいつもの優しげな顔を取り戻し、空いたスペースをポンと叩いて言った。



 ◇◇◇◇



「ヤモッ!」


 13番街区 喫茶店ビッグバード。名物の特製たまごサンドを頬張ったヤリヤモちゃんは耳をピーンと立てて硬直していた。



(……お、美味しい!!)



 そのあまりの美味しさに衝撃を受けたデモスは着ぐるみの中でプルプルと痙攣し、ついには上体を激しくバンキングさせる。


「ヤモモモモッ!」

「ど、どうした!?」

「わー、何あの反応! 面白ーい!!」

「きゃあー! 可愛い! 見て、タクロウさん! 凄く喜んでますよ!!」

「喜んでるのコレ!?」

「タクロウ様は厨房ですよ、アトリ様」

「ああっ、勿体ない! 可愛いのにー!!」


 アトリは体全体で喜びを表現するヤリヤモちゃんの姿に頬を染めて大喜びする。

 手を頬に当てて身悶える人妻の姿に常連客も釘付けになった。



(((可愛いのは君だよ、アトリちゃん!!)))



 ジャックを筆頭とする常連三馬鹿は鼻血を垂らしながら胸中で愛を叫んだ。


「ヤモー!」

「す、すごい勢いで食いついてますね……」

「うふふっ! 本当ですね、嬉しいです!!」

「よっぽど美味しかったのね。家だとまともなご飯食べさせて貰えないのかしら」

「はっはっ、そうかもしれませんな」


 紅茶を飲みながらドロシーはニヤニヤしながら言う。


「ふふふん、叔母様は料理が下手だからねー」

「え、そうなんですか?」

「ヤモッ、ヤモッ!」

「お義母様と違って料理は全然ダメなのよ、あの人。話を聞かないし、怒りっぽいし、すぐ魔法を使うし……美人なのに色々と残念だよねー」


 ここぞとばかりに叔母様こと大賢者を小馬鹿にするドロシー。


「もういい歳なのに浮いた話も全く聞かないし。スコット君の言う通り綺麗でも中身がアレだと意味が無いって事よね」

「……」

「ヤモッ」

「ヤリヤモちゃんもそう思うよね?」


 大賢者に向けた小言の殆どが自分にも返ってくる事にまるで気づいていないドロシーをスコットは切ない眼差しで見つめていた。


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