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「こ、これ本当に連れて行っても良いんですか?」
ヤリヤモちゃんを肩に乗せたまま建物を出たスコットはドロシーに聞く。
「大丈夫よ、他の人達も特に気にしてなかったでしょ? 後でちゃんと返してあげるし」
「ヤモッ!」
「ほら、ヤリヤモちゃんもまだスコッツくんから離れたくないってさ」
ヤリヤモちゃんはスコットの肩にギュッとしがみつく。
見覚えのないマスコットにやたらと懐かれてスコットは困惑していた。
「うーん……まぁ、社長がそう言うなら」
「あら、珍しい。君が僕の言うこと素直に受け止めるなんて」
「……」
「ふふふ、冗談よ。それじゃあ、ビッグバードでお昼にしましょう。アーサー、お願いね」
「お任せ下さい、社長」
ちなみにドロシーはヤリヤモちゃんの正体を覚えている。
かつての騒動と目立ちすぎる外見のせいでヤリヤモ達は小型化され、その存在も殆どの住人の記憶から抹消されている。
ヤリヤモちゃんの正体が存在を隠蔽された異星人である事を知るのはドロシーや大賢者を含めた極小数の人間のみ。
「……おい、どうする? ヤリヤモちゃんがくっついていったけど」
「……一応、報告はしておくか」
「あの魔女もヤリヤモちゃんくらい可愛げのあるキャラだったらなぁ……」
「あ、もしもし。秘書官ですか? 実は今……」
……異常管理局職員の大多数もヤリヤモちゃんの中身は知っているが、大賢者が趣味で生み出した合成生物か何かとしか思っていないのだ。
◇◇◇◇
「……」
場所は変わってリンボ・シティ13番街区 喫茶店 ビッグバード。
「タクロウさん?」
営業中だと言うのにタクロウは浮かない顔でカウンターに立っていた。
「……大丈夫ですか?」
「……」
「タクロウさん?」
「……あ、ごめん。何だい、アトリさん?」
調子の出ないタクロウをアトリは心配する。
ボーッとした顔で入り口を見つめ、まるで誰かが店を訪れるのを待っているかのようだった。
「あの、皆から注文が来てますから少し手伝って? 私一人じゃ手が回らなくて……」
「ああ、ごめんごめん! ちょっとボーッとしちゃってさ!!」
「……」
タクロウの様子がおかしくなったのは一昨日……ドロシーとインレが戦ったあの日からだ。
ドロシーと付き合いの長い彼は口では酷い事を言いながらも彼女が忘れられない。
『来るな』と言いつつも本当に来なくなれば調子が狂う。
「きっと今日はドロシーさんが来てくれますから。いい加減に元気出して?」
「はっはっは、何を言い出すんだマイハニー! あんなメスガキ魔女来てくれない方が嬉しいよ! はっはっ!!」
ある意味でタクロウにとってドロシーは欠かせない存在であると言えた。
「うーん、やっぱりあのクソ魔女が店に顔出さないと店長は腑抜けになっちまうな」
「うん、そうだよね」
「あのアトリちゃんが隣に居てもあれだからなぁ……」
彼女が居なければ何かが足りないのだ。
「さぁ、厨房に来て。皆のために美味しいお料理を用意しなきゃ!」
「……うん、わかってる。皆にうまい飯食わせてやらないとな!」
愛する妻の言葉を受けて幾分かやる気を取り戻した所に新しい客が訪れる……
「あ、いらっしゃいませー」
「ハーイ、タクローくん! 元気にしてるー?」
「何しに来やがった、クソヴィッチがぁ! ああん!? 何用!? 殴られに来たのぉ!!?」
待ち侘びていたクソビッチの来店をタクロウは殺気全開の罵声で迎えた。
「ひゃああ! 怖いー! 助けて、スコッツくーん!」
「えっ、あっ!?」
「あああん!? お前はァ……いらっしゃいませぇ! ご注文はぁ!?」
「ひぃっ!? え、えーと! えーと!!」
「じゃあ、スマイルちょうだい? 今のタクローくん怖いから」
「はぁぁぁぁん!?」
生まれ変わっても生意気な事を言ってくれる魔女に青筋をビキビキと浮かべながら威圧感溢れるゴリラスマイルを提供する。
あまりの迫力にスコットは震え上がり、肩に乗せたヤリヤモちゃんも気絶寸前まで追い込まれた。
「やだー、怖いー!」
しかしドロシーはご満悦の様子で言う。
「おらぁ、お望みのスマイルだよぉ! もっと喜べよぉ!!」
「やだー、もっと可愛い笑顔がいいー。そんな殺気ムンムンなサイバーゴリラみたいな顔はノーカウントよ」
「誰がゴリラだオアアーッ!?」
「ああっ、タクロウさん! 落ち着いて! 落ち着いてー!!」
口では罵倒しつつも何処か満足気なゴリラをアトリが止めに入る。
「うーん、やっぱりコレだな!」
「コレだよ、コレ。アトリちゃんの笑顔もだけど、やっぱりコレが見れないとなぁー」
「毎回見るのは嫌だけどネ!」
常連達は怒り狂うゴリラがドロシーを威嚇する光景を微笑ましく見守っていた。
「あはははっ、やっぱり店長はこうじゃないとな!」
「んんー!? こうとはどういうことかな、じゃあっくっ!」
「え、あっ、ごめん」
「どうして謝るんだいー!? ちょっと教えてくれよぉー!」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 許して! 殺さないで!!」
「もう、いい加減に落ち着いてください! あなた!!」
皆して『コレが見たかった』とでも言いたげに、ビッグバードを温かな笑い声が包み込む。
誰も彼もが笑顔を浮かべ、ドロシーも老執事と小さく微笑んでいた。
(やべぇ、やっぱりこの店やべぇ! 怖い! 皆怖いよ!!)
(……な、何だ! どうして彼らは笑っている!? この状況の何処に笑える要素があるんだ!!?)
約二名、とばっちりでゴリラの殺意スマイルを間近で向けられたスコットと、彼の肩に震えながらしがみつくマスコットを除いて。