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調子がよくなっても無理はしません。身体大事、命大事、紅茶からのお告げです。
「ご、ご無事ですか、大賢者様!!」
スコット達と入れ違いになったジェイムス達が息を切らせて面会室にやって来る。
「ええ、問題ないわ。大丈夫よ」
大賢者は優雅に紅茶を飲みながらジェイムス達を迎えた。
「あ、あれ!?」
「あの爆発は……」
「誤解があって少しトラブルに発展しかけたけど穏便に終わったわ。見ての通り私もサチコも無事よ」
「で、では、ドロシー・バーキンスは何処へ!?」
「とっくに彼を連れて部屋を出ていったわ」
涼しい顔で大賢者にそんなことを言われてジェイムス達はガクっと壁にもたれ掛かる。
「……」
あまりに彼らがいたたまれなくなったのか、サチコはジェイムスにそっと紅茶を差し出した。
「あ、どうも……ありがとうございます、ブレイクウッド秘書官」
「皆、こちらにいらっしゃい。少しお茶にしましょう」
「えっ!?」
「い、いえいえいえ! 流石にそんな……」
サチコは無言でポットを取り出し、いつの間にか全員分並べられていたティーカップにお茶を注いでいく。
「そ、そういう訳にはいきません! いくら大賢者様のお誘いと言えども、あのドロシーを」
「遠慮しないで。私もたまには皆と、特にジェイムス君とお話がしたいの」
「はっ!?」
「とりあえず座りなさい」
ジェイムスは大賢者の顔を見て確信した。今日は間違いなく厄日であると……
\ポーン/
『1階です』
「うおっ、早!!」
「凄いでしょ? この特別高速エレベーターはどの階にも4秒で着いちゃうのよ」
「へぇ……凄いですね」
「その代わり僕を含めた 特別な客人 が乗らないと起動しないけどね」
ドロシー達を乗せた特別エレベーターが1階に到着する。彼女達が出ると同時にエレベーターのドアは締まり、白い兎のレリーフだけを残して壁に擬態した。
「……さてと」
ドロシーは自分達を取り囲む異常管理局職員に不敵な笑みを向ける。
「道を空けてくれないかしら?」
「……」
「……」
「……」
職員達は無言でドロシーを睨む。
当然ながら彼らは彼女に良い印象を持っていない。
堂々とこの総本部に乗り込んで来た上に、あろう事かこの建物内で魔法を放ったのだから。
(……うわぁ、凄い睨まれてるよ。本当に社長が嫌いなんだな、この人たち)
……もしあの爆発が大賢者に向けて放った魔法によるものだと知ればどんな反応をするだろうか。
スコットはそれが心配だった。
「道を、空けて、くれないかしら?」
だがドロシーは職員達に睨まれても臆することなく言ってのけた。
「……」
一人の職員が苦虫を噛み潰したような表情で退くと、それに続くように一人、また一人と道を空けた。
この中に彼女を止められる者は一人としていないからだ。
……例え全員でかかったとしても、あの魔女を止める事は出来ないだろう。
「ん、ありがとう」
ドロシーは道を空けてくれた職員にニコッと笑いかけ、スコットと手を繋いで悠々と歩く。
ニコニコ笑顔のドロシーとは対照的にスコットの表情は引き攣り、突き刺してくるような職員達の視線にビクビクしていた。
「スコッツ君、そんな顔しちゃダメよ。別に悪いことしてないんだからいつもの素敵な笑顔を見せてよ」
「いや、無理です。この状況で笑うなんて」
「はっはっ、スコット様は相変わらず照れ屋ですな」
「ふふふ、本当ね。可愛いー」
『この状況でなんで笑えるんだ、この二人は』……スコットの脳内はその言葉で一杯だった。
此方を取り囲んでいた十数人に加えて続々とやって来る職員達。
その全てがドロシーを見て顔をしかめる。
畏怖、嫌悪、畏敬、敬遠、様々な感情が入り交じった視線を一心に受けて尚も彼女は笑顔を絶やさない。
「わざわざ見送りに来てくれたの? 嬉しいね、いい思い出に出来るわ」
弾ける笑顔でそう言ってのけるドロシーの怪物メンタルにスコットはブルっと身震いした。
(……本当に、この人は)
だがそんな彼女に引いたのも束の間、スコットの顔には無意識の内に笑顔が浮かんだ。
以前のドロシーでは見られなかった新しい一面を目の当たりにして微かに胸が高揚する。
ポテッ。
ドロシーに見惚れていたスコットの肩に小さな何かが落下した。
「……ん? 何だ?」
「ヤ、ヤモーッ!」
「ふぁっ!?」
スコットが肩に目をやると極限までディフォルメされた白い兎のようなマスコット【ヤリヤモちゃん】がしがみついていた。
「な、何だコレ!?」
「あ、ヤリヤモちゃんだ。可愛いー!」
「ヤモォー!!」
「ヤリヤモちゃん!? 何ですか、それ!」
「知らないの? この異常管理局の公式マスコットだよ」
ヤリヤモちゃんはスコットにギュッとしがみついて離れない。
全く見覚えのないマスコットを前に困惑するスコットだが……
(ううう、こんな形で彼と再会する事になるとは……!)
実はその中身は彼が救った宇宙人の長、ヤリヤモナ・デモスであった。
「やった、成功だ!」
「がんばれ、どうしー!」
「彼に感謝を伝えるんだ!」
デモスが落ちてきた天井の穴からヤリヤモ達が応援する。
大賢者からは絶対に一般人と接触しないようキツく言われていたが、自作したモニターから様子を伺っていた彼女はついに我慢できなくなって飛び出してきたのだ。
「ヤモッ、ヤモッ!」
「え、えーと……これは」
「大賢者様には嫌われるのにマスコットには好かれるのね。ふふふ、スコッツ君らしいよ」
流石に姿を晒す訳にはいかないのでデモスはヤリヤモちゃんの着ぐるみを着用している。
だが、そのせいで彼女は会話が出来なかった……この着ぐるみには超小型音声変換器が搭載されているからだ。
(うぐぐっ! 駄目か! せめて感謝の気持ちだけは伝えたかったのに……!)
ぷるぷると震えるヤリヤモちゃんを見ながらドロシーはふふりと笑う。
「あの、社長。これ……」
「無理やり引き剥がすのも可哀想だし、このまま外に連れて行ってあげましょうか」
「え?」
「ヤモッ!?」
「ヤリヤモちゃんにもたまには外を散歩させてあげないとね。マスコットとして働くのも大変だろうしー」
ドロシーはそう言ってデモスにウインクした。