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ようやく体調が戻ってきました。はちみつ紅茶のお陰です。
「しゃ、社長が……前の社長から?」
ドロシーの言葉にスコットは目を丸める。
「うん、詳しいことは教えてあげられないけど」
「ちょ、ちょっと詳しく教えてくださいよ!」
「やだ」
ドロシーは前のドロシーとの会話について聞きたがるスコットにそっぽを向いて歩き出した。
「待ってください!」
「まずは此処を出てお昼にしましょう。僕は今とってもお腹が空いてるの」
「前の社長と話したんですか!?」
「夢の中での話だけどね」
「な、何か言ってませんでしたか!? その、俺について……」
スコットが肩を掴んだ途端にドロシーは立ち止まる。
「言ってたよ? 色々ね。聞きたい??」
「えっ……」
「聞きたいか、聞きたくないか。正直に答えなさい」
「……そりゃ、聞きたいですよ……俺は彼女に別れの言葉も言えてないんです」
複雑な表情でスコットは言う。ドロシーは彼の顔を見て
「お、し、え、な、い、よ」
にししと意地悪そうに笑いながら言ってのけた。
「はぁっ!?」
「ドロシー同士の大事な秘密なの。スコッツ君には教えてあげられないね」
「ちょ、ちょっとくらいは教えてくれてもいいじゃないですか! 別に隠さなくてもいいでしょ!?」
「じゃあ、スコッツ君は僕に隠し事してないの?」
ドロシーはスコットをジッと見つめて言う。
「そ、それは……」
「そういうものよ? 人はより多くの事を知りたがるけれど、知りたい事と同じくらい秘密にしたい事がある」
「うっ……」
気まずそうなスコットの反応を楽しんだ後でドロシーはくるりと身を翻す。
「ふふん、心配しなくてもいつかちゃんと話してあげるよ」
「……」
上機嫌で前を歩くドロシーの姿をスコットは黙って見つめる。
(……本当に、不思議な人だな。社長は)
そしてドロシーという魔女の底知れなさを改めて実感していた。
リンボ・シティを訪れ、ドロシーと出会ってからもう数週間。
ウォルターズ・ストレンジハウスの面々を初めとする個性しかない住民達と過ごす内に大分この街に馴染んできたが、未だにドロシーの人となりが掴めない。
(……社長は一体、何者なんだ? あの天使と社長はどんな関係なんだ? 大賢者やルナさん達との関係も気になるし……)
スコットはまだ彼女について殆ど何も知らないのだ。
「おや、スコット様。どうなさいました?」
「あ、いえ。何でもないです」
「スコッツくーん、立ち止まっちゃ駄目よ? あんまりのんびりしてると叔母様が来ちゃうよ?」
だから、もっと知りたくなった。ドロシー・バーキンスという魔女のことを。
彼女のように子供らしい笑顔を向けてくれる金髪の少女のことを……
『いい女だろう?』
「……まぁ、そこそこな」
『カカカッ、やっと正直になれたじゃねえか。ブラザー!』
「!?」
その時だった。スコットの耳にあの声が聞こえてきたのは。
『昔の女の事を、いつまでも引き摺るのはやめておきな。まるで人間みたいで気持ち悪ぃ!』
「お、お前は……!」
『カカカッ、お前は目の前だけを睨んでいればいいんだよ』
青い悪魔がスコットに囁く。背中から影のように伸びる悪魔の上半身が彼を抱き込み、ケラケラと笑っている。
『目の前の、気になるヤツだけを見つめていればいいんだよ。ブラザー!』
「……やめろっ!!」
スコットが悪魔を振り払うように振り向くが、そこに悪魔の姿はない。
「あ、あれ……」
「大丈夫ですか、スコット様?」
「え、執事さんには聞こえなかったんですか?」
「はて、何のことですかな」
老執事には悪魔の声は聞こえていなかった。
「……」
「スコッツくーん?」
「はっ!」
「ひょっとして叔母様のことが気になってるの?」
気がつけば前を進んでいた筈のドロシーがスコットの目の前に立っていた。
「ち、違いますよ!」
「ふーん?」
「な、何でもないです! さっさと昼飯食いに行きましょう!!」
「そうね、さっきからその事を言ってるんだけどね」
「……ソウデスネ」
「はっはっ、大賢者様がお美しいのは事実ですからな。お姿だけはお嬢様に勝るとも劣らない絶世の美女と言えるでしょう」
「そうねー、お義母様にそっくりだし」
「お仕えしたいとは思いませんがね」
老執事はそう言って意味深な笑みを浮かべる。
「いえ、俺も綺麗なだけの人の事はあまり印象に残らないので……見た目で言えばマリアさんも相当な美人ですし。だからといって彼女を好きにはなれませんしね」
「はっはっは! 流石です、スコット様。やはりよくわかっていらっしゃる!」
スコットの返答に老執事は大笑いした。珍しく声を上げて笑う彼の姿にドロシーも少し驚いた。
「じゃあスコッツ君、僕はどうなの?」
「……ノーコメントで」
「叔母様よりは?」
「遥かにマシです」
「ふふふっ」
迷わず即答するスコットにドロシーは満足そうに笑う。
ドロシーの顔を見てスコットは思わず赤面し、そんな彼の反応が嬉しくて彼女はアンテナをピコピコと揺らす。
「じゃあ、お義母様とは?」
「……」
「スコッツくーん?」
スコットはニヤニヤと笑うドロシーの問いに答えずに長い廊下をスタスタと歩いていった。
ドロシーは彼にピッタリと付いて歩き、老執事も笑いを堪えながら二人の後をつけた。
\ポーン/
ジェイムス達を乗せたエレベーターが22階に到着したのは、三人が通り過ぎたすぐ後だった。