9
「せ、先輩! 今の音は!?」
「おいおい、冗談だろ……」
「まさか、建物内で戦闘が!?」
少し時は遡り、異常管理局セフィロト総本部 高速エレベーター内。
ドロシーを追っていたジェイムス達は不意に襲ってきた爆発音と振動に動揺する。
>ビーッ、ビーッ、ビーッ<
「うおっ!」
『……建物内部で爆発が発生しました。安全の確認の為に本エレベーターを停止、この空間に固定します』
「ああっ!?」
「コンナトキニ!」
思わぬ足止めを食らったジェイムス達は苛立つ。
「くそっ、ドロシーが居る22階まであと少しなのに!」
ガコンッ、ウィーン……
「?!」
『……確認しました。爆発が発生したのは22階付近。エレベーター再稼働……、下へ参ります』
「はい!?」
「ちょっ、止まれ! その22階に用が……!!」
『下へ参ります』
ジェイムス達の必死の訴えも虚しくエレベーターは冷たい機械音声を流しながら下の階へと向かっていった。
「困ったわね、どう言えば納得してくれるかしら」
時は戻って異常管理局セフィロト総本部 特別面会室。
チャームポイントのアンテナ癖毛をビーンと立て、此方を睨みつけるドロシーを見て大賢者は困ったような顔をする。
(困ってるのは俺の方だよ! バカヤロー!!)
だがこの場で一番困惑しているのは間違いなくスコットだろう。
異常管理局に呼ばれたと思えば脅威レベルを上げられ、組織のトップである大賢者には殺されかけ、『家で待ってるからね』と言っていた筈のドロシーが壁をぶち破って現れた。
「何を言われても納得できないわ!」
そして今のドロシーはとても怒っている……あの大賢者に迷いなく魔法を放つ程に。
「……どういうことだよ」
「ご無事でしたか、スコット様。心配しましたぞ」
「あっ、し、執事さん! どうしてここに!?」
「お嬢様の付き添いでございます」
混乱するスコットに老執事が声をかける。
「社長と大賢者は仲が悪いんですか!?」
「こら、『様』を付けなさいスコット・オーランド。それに私とドロシーの仲は悪くないわ」
「えっ、あっ! ごめんなさい!!」
老執事に聞いたはずが大賢者様本人に返答された。
「今まではね……でも、今日からは違うわ!」
しかしドロシーは袖から予備の魔法杖を取り出し、大賢者に向けて金色の魔法弾を放った。
「……サチコ、もっと近くに寄りなさい」
「えっ、あっ、はい」
大賢者はサチコを傍に寄せる。ドロシーの放った金色の魔法弾は大賢者に命中する前に拡散し……
────チュドドドドドォォォン!
バラけた一発一発が爆発。凄まじい連鎖爆発を引き起こした。
「おわあああっ!?」
「思い知れ! バカ叔母様!!」
「や、やり過ぎですよ、社長ー!」
爆煙に姿を消した大賢者達に向けてベーッと舌を出して挑発し、ドロシーはくるりと身を翻す。
「大丈夫? スコッツ君」
「え、ああ、はい……多分」
「酷い目にあったね、本当に」
「ま、まぁ……はい。ビックリはしましたね」
ドロシーはスコットの状態を目で確認し、大した怪我ではないと判断してホッと一息つく。
「それじゃあ、帰りましょうか」
「えっ」
「これで叔母様も少しは反省したでしょ。ほら、急いで急いでっ」
スコットの手を取ってドロシーは壁に開けた穴から退室する。
老執事も頭を下げて足早に立ち去った。
「……やられたわね」
煙の中から大賢者が無傷で現れる。
「ゴホッゴホッ!」
「大丈夫? サチコ」
「は、はい」
「本当に困った子ね。あの魔法は人に向けて使うなと教えた筈なのに」
大賢者は小さく笑って指を鳴らす。破壊された壁や床は元通りに修復され、部屋を覆う煙も綺麗に消えた。
「今のあの子に何を言っても無駄ね。放っておきましょう」
「……よろしいのですか?」
「不本意だけど。このまま戦ってうっかりスコット・オーランドを巻き添えにでもしたら大変だわ」
穴の空いていた壁を見つめて腕を組み、大賢者は溜め息を吐く。
「……あの子が、あそこまで男に夢中になるなんてね」
大賢者は憂いと驚きと悲しみが入り交じったような複雑な表情で呟いた。
「……」
大賢者専属秘書官 サチコ・大鳥・ブレイクウッドは普段は決して見せない大賢者の姿を見て決意した。
私は何も見なかった……そういうことにしておこうと。
「だ、大丈夫なんですか!? あんな魔法使って」
どう考えても人に向けて使うべきではない高威力の魔法を放ったドロシーにスコットは言う。
「いいのよ。どうせ無傷だから」
「無傷!?」
「あれくらいでダメージを受ける人が大賢者になれるわけないでしょ。本当にムカつくけど、あの人は僕より強いのよ」
「はぁ!?」
サラッととんでもない事を宣うドロシーにスコットは驚愕した。
「じゃあ何でそんな相手に喧嘩売ったんですか!」
「……決まってるでしょ」
ドロシーは長い廊下で立ち止まり、スコットの目を見つめながら言う。
「僕達のスコット君に手を出したから」
「えっ」
「僕は前のドロシーに言われたの、君のことをお願いねって」
「!」
「それなのにこんなことされたら、怒るに決まってるでしょ?」
ドロシーが少し顔を赤くしながら発した言葉にスコットも思わず赤面した。
(ああ、今夜は祝杯ですな……)
そんな二人を見て老執事は幸せそうに微笑んだ。