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一緒に住んでる家族より、離れて住んでる親戚の方が可愛がってくれるのはよくあること。
「……大賢者様、非常警報が」
「そうね、困ったわ」
異常管理局セフィロト総本部内の何処かにある面会室。その特別な部屋にも警報が鳴り響く。
「え、ええと……その……」
スコットの周りを複数の白い魔法杖が取り囲むように浮遊している。
全ての杖先が光り輝き、今まさに魔法が放たれんとしている危機的状況にあった。
「あら、ごめんなさい。最期に言い残す言葉はある?」
「待ってください! どうして俺は杖を向けられてるんですか!?」
「あの子に手を出した。以上よ」
「待 て よ !!」
大賢者は杖に触れてすらいない。
ただソファーに座り、指を鳴らしただけで白い床から杖が出現したのだ。
ドロシーが扱う魔法とも明らかに違う超常的な力にスコットは一歩も動けぬまま追い詰められていた。
「俺は何もしてませんよ! 社長が勝手にベッドの中に」
パァン!
「うぎゃあっ!?」
杖の一本がスコットの右股のすぐ近くに魔法を放ち、ソファーに穴を空ける。
「嘘はいけないわ」
「嘘じゃないですって! 本当に気がついたら下着姿の社長が……!!」
パァン! パァン!
「ぎゃわあああっ!?」
「あまり私を苛つかせない方がいいわ」
続けて二本目、三本目の杖が発砲。スコットの股下に白い硝煙が燻る穴を空ける。
「き、聞いてください! 俺からは社長に何もしていません! 彼女からグイグイと来たんですよ!!」
「あらそう、困ったわね。私の知っているあの子はそんな事するはずないんだけど」
「本当なんです! 信じてください!!」
「信じられないからこうしているのよ、お馬鹿さん」
スコットは察した。この人はカッとなると話が通じないタイプだと。
既に大賢者は殺す気満々だ。
隣に立つサチコは目を逸らして知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。
こんな人物が組織のトップでいいのかとツッコミたくなるが、思い返せばどの組織のトップも身内が絡むとこんなものなのかもしれない。
「私の、ドロシーに、何をしたの?」
大賢者はドロシーを溺愛しているのだ。
「……何もしてません」
「嘘はいけないわ」
実際に 何もしていない 訳ではないのでスコットは頭を抱えた。
ドロシーの母親であるルナにはあっさり受け入れられたのに、大賢者には思い切り拒絶されている。
意味がわからない、一緒に住んでいない上に彼女が新しいドロシーに生まれ変わっても会いにすら来なかった女性にどうしてここまで嫌われなければいけないのか……
(……そういえば、ルナさんは社長の本当のお母さんじゃないらしいんだよな。血は繋がってるそうだけど)
ルナはドロシーの義母だが実母ではない。そして大賢者はそんなルナと瓜二つ。
大賢者はドロシーとは住んでいないが、ルナよりも彼女の事を心配しているように見える。
そこから導き出されたのは……
「あの、ひょっとして貴女は……」
「何かしら?」
「社長の、本当のお母さんですか?」
スコットがその言葉を口にした瞬間、大賢者は目を見開いた。
「・・・・・・」
大賢者は無言でパチンと指を鳴らす。
────ガシャン、ガシャガシャガシャガシャガシャガシャッ!
床、壁、天井……部屋の至るところから白い杖が出現。全ての杖先がスコットに向けられた。
「……あれ?」
「最期の言葉が、それとはね……」
「だ、大賢者様!」
「スコット・オーランド、貴方はここで消えなさい」
サチコの制止も届かず、大賢者はスコットに向けて一斉に魔法を放った。
「うーんと、この廊下は確か22階あたりだったかな。見覚えあるもの」
「流石はお嬢様です」
一方、白いドアを使って移動したドロシーは沢山の絵画が並べられた廊下を歩いていた。
「でも、ちゃんと繋げる場所を考えておけば良かったわね。建物の何処でもいいって勢いで開けちゃったから……あ、壊れちゃった」
「おや」
「やっぱり一度しか使えないのね」
ドロシーの右手薬指に嵌められていた白い指輪が砕ける。
その指輪はこの異常管理局総本部に備わった全魔術機構及び大規模固有魔導具の制御キー【サピエンの指輪】の複製品。
建物内の何処にでも瞬時に移動できる白い扉を初めとする444種の機構を一度だけ作動できる特別なアイテムだ。
「もう家にはあんまり残ってなかったよね」
「そうですな。旦那様の技術を持ってしても22個精製するのがやっとでした」
「まぁ、別にあってもなくてもいいんだけどね」
────チュドオオオオオオオン!
突然、建物に響き渡る爆発音と振動。
ドロシーはアンテナをピコーンと立てて何かを鋭敏に察知する。
「おや、この音は……」
「叔母様が魔法を使ったみたいね」
「大賢者が? それはまたまたお珍しい……」
ドロシーの表情が変わる。あの大賢者が建物内で魔法を発動するほどの事態……
「スコッツ君ね」
考えられるのは一つ、スコットが彼女を怒らせた。
「あのお優しい大賢者様が一般人相手に魔法を?」
「よっぽどあの人を怒らせるような事を言ったんでしょうね」
「ああ、なるほど」
「急ぐわよ、アーサー。スコッツ君が危ないわ」
ドロシーはスコットの身の危険を感じて廊下を走り出す。
幸運にも爆発は近くから聞こえた為、彼女には大体の場所が把握出来た。
「……なるほど、特別面会室ね。叔母様ったら最初から彼を始末する気だったんだ」
「おやおや、それは恐ろしい」
「昔からああなのよね。普段は優しいんだけど、少しでも僕が男の子と仲良くなると人が変わっちゃって……」
「そう言えばかつてのお嬢様も苦労されておりましたな」
「いい加減にうんざりするよ」
ドロシーは走りながら記憶を回想し、ギラリと目つきを変える。
「覚悟しなさい、ロザリー。僕のスコット君に杖を向けたツケは高く付くわよ……」
真剣に苛立ちながらドロシーは暴走する叔母にそう吐き捨てた。