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「スコットは大丈夫だろうか……」
取り調べ室の前でジェイムスはスコットを心配していた。
「ううん、スコットの能力は確かにヤバいがアイツ自身はそこまで……」
スコット自身には問題ない……と思いかけたところで彼は黙り込む。
「うん、そこそこヤバいね」
冷静になって思い返せばスコットは能力だけでなく、その人間性にも割と問題があった。
悪人でも無ければ性格が悪いという訳でもないが、正常とはとても言い切れない特殊なメンタル……
スコットは唯の人間として許容するには異質すぎた。
ドロシー含めて異常者しかいないウォルターズ・ストレンジハウスの面々と上手くやれているのがその証拠だ。
異能力に目覚めた人間の精神が歪むのはよくある話だが、彼の場合は違う。
人間が異能の所為で歪んだというよりは、最初から歪んでいたナニカが後から人間性に目覚めたかのような。
またスコットと他の異能力者との決定的な差異が、戦闘時のみに見せる異常な凶暴性と恐怖心の欠如だ。
戦闘を楽しむ凶暴な異能力者は決して珍しくない。
だがどれだけ強力な異能力に目覚めた者でも自分よりも格上の相手や得体の知れない相手には怖気付くものだ。
恐怖心は異能力の有無に関わらず全ての人間に備わる防御本能であるからだ。
だが、スコットにはそれが無い。
彼は相手が強ければ強いほど逆に好戦的になる。
例え命に関わる傷を負っても決して止まらない。
死に急いでいるようにも見えるその異常な戦い方は異能力に目覚めただけの人間のそれではない。
「……」
スコット・オーランドは本当に人間なのか? ジェイムスはその事を疑問に思い始めた。
「えっ、えっ!?」
「あわっ、ま、マジか!」
「警報! 警報鳴らして! 早く!」
「ん? 何だ、やけに騒がしいな」
1階のエントランス付近の職員達が騒いでいる事に気づく。
普段からトラブルに慣れている異常管理局職員がこうも騒ぐのは珍しい。
「また外のお偉いさんが連絡もなしに来たのか?」
気になったジェイムスは取り調べ室を離れ、エントランスへと向かった。
「あっ! キッドくーん!」
「はっ?」
「あははー、ごめんね。ここまで来ちゃった!」
そしてジェイムスは目を疑った。
笑顔が素敵な金髪の疫病神が老執事を従え、異常管理局セフィロト総本部の建物内に堂々と足を踏み入れて来たのだから。
「な、ななななっ!!?」
「あははっ、キッドくーん!」
ドロシーはジェイムスを見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる。
彼女が近づいてくるにつれて彼の顔から血の気が引いていった。
「な、何で入ってきた! ここには立ち入り禁止の筈だろ!?」
「だってスコッツ君が中々帰ってこないんだもの。社長として心配になるのは当然でしょ? 場所が場所だしー」
「いや、そんなに時間かかってないだろ! 精々、30分かそこらじゃないか!!」
「十分待たされてるわよ」
職員達がざわめく中、ドロシーはジェイムスの目前で立ち止まる。
「スコッツ君は何処にいるの?」
ドロシーは腕を組んでスコットの居場所を問う。
「……」
ジェイムスは固く口を閉じ、絶対に教えないぞと意思表示をする。
「教えてくれないの?」
「……ああ、言えないな。悪いがこのまま建物の外で待っててもらおうか」
「教えてよ、友達でしょ?」
「……」
『誰が友達だ、この魔女めが』と言いそうになったが、ジェイムスは堪えた。
「教えてくれないと、後悔するわよ?」
そんなジェイムスに不敵な笑みを向けながらドロシーは言う。
>ヴィーッ! ヴィーッ! ヴィーッ!!<
建物内に鳴り響く非常警報。職員の一人が非常事態を知らせるレバーを引き、照明の色が黄色に変化。
「あ、ちょっと誰よー? 傷つくわね、僕はスコッツ君に会いに来ただけなのに」
「いいから黙って出ていけ。今ならまだお咎めなしだ」
ジェイムスはコートの袖から素早く魔法杖を取り出し、ドロシーに向ける。
「キッド君?」
「二度は言わないぞ? いくらドロシーでも今回はやり過ぎだ。異常管理局にとって、この建物にとって自分がどういう存在なのか……わかっている筈だ」
「……はぁ、そうね」
流石に額に杖を向けられた上に、警報まで鳴らされてはどうしようもない。
観念したドロシーは両手を上げてジェイムスに背中を向ける。
「アーサー」
「はい、お嬢様」
「仕方ないわ、プランBよ」
ドロシーはそう言って指を鳴らす。
指を鳴らした瞬間、ジェイムスの目前に白いドアが出現した。
「んなっ!?」
「じゃあね、キッド君。次は目を合わせた瞬間に魔法を撃ちなさい」
「では失礼いたします、ジェイムス様」
「待て、コラッ!」
ドロシー達がドアを開けて中に入った瞬間に白いドアは飴細工のように崩れ落ちる。
「くそっ……! まだアレが残っていたのか! どれだけ予備があるんだよ!!」
「せ、先輩ッ!」
苛立ちながらドアの残骸を蹴り飛ばすジェイムスの元にロイドを含めた数名の魔法使いが駆けつける。
「ジェイムスさん、この警報は……!」
「皆、注意しろ! この建物の何処かにあのクソビッチが侵入した! !」
「く、クソビッチ?」
「ドロシー・バーキンスだよ!!」
「えええっ!?」
昼休憩を目前に異常管理局セフィロト総本部は緊張の渦に包まれる。
「おい、今すぐ魔導具庫と異界道具保管庫を閉鎖しろ! ドロシーがそこに入ったら大変なことになるぞ!!」
「わ、わかりました!」
「全監視カメラの映像を俺の端末に寄越せ! 早くしろ!!」
「了解、送ります!!」
あの二桁区の嗤う魔女ことドロシー・バーキンスが、スコットに早く会いたいが為に白昼堂々と攻め込んで来たのだから……