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『ええ、13番街区の騒動に関する続報です。街中で無差別的な破壊活動を続けていた黒尽くめの男は、現場に駆けつけたドロシー・バーキンスによって無力化されましたが……』
灰色の肌をした巨漢のニュースキャスターが13番街区の騒動について話している。
「うわぁ……何だよ、アレ。化け物じゃねえか」
「また13番街区か、おっかねぇ……」
道路沿いにあるカフェテリアの屋外席でニュースを見ていた異人の二人組が呟く。
「どうする? この店から13番街区までそんなに離れてないし……ここまで騒ぎが広がる前に逃げるか?」
「……だな。さっさと俺の車で」
「そこの二人、少しいいか?」
車でこの場から避難しようとしていた二人組に剣を携えた女性が話しかける。
「……な、何だよ? アンタ誰だ?」
淡い水色の長髪のポニーテールに端麗な顔立ち。
長く尖った耳に十字架を模ったイヤリングを付けたウェイトレス姿の美女。
彼女の幻惑的な美貌とはち切れんばかりに豊満なバストに思わず二人は息を呑むが……
「すまない、時間が無いので此方の要件だけ言わせてもらう。13番街区にはどうやって行けばいい?」
「「は??」」
彼女の口から発せられた言葉に彼らは硬直した。
「え、どうやって行けばいいって……」
「早く教えてくれ、急いでいるんだ。方向を教えてくれるだけでもいい」
「いや、この道路をまっすぐ進めば13番街区だけど……」
「礼を言う」
女性は二人に頭を下げて勢いよく走り出す。
「おい、ねーちゃん! 進む方向が逆だ! 逆!!」
「何っ!?」
だが進む方向を間違えていたのですぐに呼び止められる。
「この道路をまっすぐ進めと言ったではないか!」
「逆方向にまっすぐだよ! ていうか今、13番街区に行くのはヤバいって! 死んじまうぞ!?」
「それについては問題ない。さらばだ」
「おい、ねーちゃん! 待てって!!」
女性は親切な二人の忠告を無視して13番街区に向かおうとするが、ふと視界に一台の車が映る。
「……この車は」
「あ、その車に触るなよ!?」
「これはお前のものか?」
「そうだよ! おい、まさか盗もうとか考えて無いよな!? いくらねーちゃんが美人でも流石に許さねぇぞ! その凶悪なデカメロンを」
「好都合だ」
そう言って鞘から細身の剣を抜き、ファイティングポーズを取る二人組に輝く剣先を向ける。
「な、なんだ! やる気か!? 良いよ、来いよ! 親父直伝の殺人カラテ拳法で返り討ちにしてや」
「あの車で私を13番街区まで送ってくれ。今すぐにだ」
「……へ?」
真顔でそんな無茶な要求を出す彼女の名前はブリジット・エルル・アグラリエル。
数年前、紆余曲折を経てこの街に流れ着いてきた異人であり……
超法規便利屋企業ウォルターズ・ストレンジハウスの社員である。
◇◇◇◇
「あ、あれは……!」
ジェイムスは見覚えのある青い豪腕が怪物を殴り飛ばしたのを見て自分の目を疑う。
「スコット!? 何でアイツが此処に!?」
あれほど『13番街区には行くな』と念を押した筈のスコットが、リンボ・シティ屈指の問題児であるドロシーの所有する黒塗りの高級車から飛び出してきた。
偶然を通り越してもはや運命的としか言い表せない数奇な巡り合わせに流石のジェイムスも混乱する。
「えっ、ジェイムスさんの知り合いですか!?」
「いや……まぁ、うん。俺が担当する脅威レベル2の優先監視対象なんだけど……」
「ええっ!?」
「なんでそんなやつがここに!?」
「俺が知りたいよ!」
〈グオオオオオオオオオオ!!〉
怪物は不機嫌そうに地面を叩き、まるで怒り狂う大型竜のような凶暴さでスコットに向かっていく。
「ま、まずい! あの化け物、完全にキレやがったぞ!!」
「早く彼を助けましょう! このままじゃ……」
「よし、まずは俺の風で動きを」
ドゴシャアアアアアアアアアアン
スコットを叩き潰さんと猛襲した怪物は、逆に彼の背中から伸びる豪腕に殴り倒された。
(……凄い……)
ドロシーはスコットに宿る悪魔が怪物を圧倒する光景を間近で見て
(……凄い、凄い……!)
今まで感じたことのないような高揚感を抱いた。
(……凄い、凄い、凄い……!!)
「うるぁあああああああああああーっ!!」
悪魔の腕は地の底から突き上がるような強烈なアッパーカットで怪物を天高く打ち上げる。
〈グガァアアアアアアアアアアッ!!〉
十mもの巨体が軽々と宙を舞い、頭から硬い地面に落下する。
(……こんなの、初めて……!)
己の力を誇示するかのように拳を天に掲げる悪魔の腕と、車に居た時のビクビクした態度とは打って変わって野獣のような雄叫びを上げるスコットの姿にドロシーの胸は小躍りする。
頬は薄っすらと紅潮し、宝石のような瞳は更に輝きを増す……その表情は完全に恋する乙女のそれだった。
ドロシーは自分よりも遥かに年下の青年に完全に心奪われてしまったのだ。
「ハァ……ハァ……ッ! これだけブチのめせば……!!」
「凄いよ、スコットくーん!」
「うおおっ!?」
あまりの興奮に感極まったドロシーが思わずスコットに飛びつく。
「凄いよ、凄いよ君は! 想像以上だよー!!」
「ちょっ、ちょっと社長!? そんなにくっつかないでくださいよ! 動けないって!!」
「あははっ! こんなに興奮したのは久しぶり! 思い出させてくれてありがとう! 家に帰ったらみんなで君の歓迎パーティーよー!!」
「だっ、だから! そんなにくっつかないでくださいー!!」
小柄なドロシーには不釣り合いなまでに大きな胸をグイグイと押し当てられ、スコットは顔を真赤にして慌てふためく。
「いい加減に、いい加減に俺から離れてください! 社長!!」
「えー、やだー。もう少し抱き着かせてよ、これは社長命令よー」
「社長ー! 何か当たってる! 何か柔らかいの当たってるからー!!」
悪魔の腕はまるで慌てるスコットに釣られるように、バタバタと忙しなく空を扇いだ。
異世界がテーマとくればエルフ耳の女性ですよね。勿論、ご用意しております。