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リンボ・シティ1番街区 異常管理局セフィロト総本部 大賢者室にて
「スコット・オーランド。19歳。種族は人間。出身は外側、アメリカ合衆国 セントピーターズバーグ。Bクラス脅威レベル4特異能力者で分類は自律攻撃型。リンボ・シティに移住したのは先月の12日です」
スコットの情報が記されたリストを手にサチコが大賢者に情報を伝える。
「自律型とは珍しいわね、両親も異能力者なの?」
「いいえ、両親は無能力者です。血筋、血縁を辿っても異能力に覚醒したのは彼だけです」
「……」
「過去に彼が関わったと思われる事件、事故は十数件。ハイスクールで起きた暴力事件が原因で学校を中退しています。以降は職業を転々としながら一人暮らしをしていたようです」
「この街に来る切っ掛けになるような出来事は?」
「……一年前、フィラデルフィアの歓楽街で多数の犠牲者を出した立て籠もり事件のニュース映像に彼らしき人物が映っていました」
サチコは大賢者にリストを手渡す。机の上に集合していたヤリヤモ達は興味津々の様子でリストを見上げた。
「大賢者、私にも見せてくれないか」
「ダイケンジャー、みせてー」
「私達も彼に関する情報が欲しいと思っていたところだ」
「大賢者ーっ」
目を輝かせながら此方を見つめるドロシー顔の異星人から意識を逸らしつつ、大賢者はリストのページをペラペラとめくって行く。
「……彼と連絡を取って此処に呼び寄せなさい」
「わかりました」
「むむっ!」
「彼を呼ぶのか!?」
「やったー!」
「やったな、同志! お礼が言えるぞ!!」
スコットがこの建物に来ると聞いてヤリヤモ達は大いに喜ぶ。
「貴女たちは会えないわよ?」
「!?」
「えっ!?」
「貴女たちの存在を一般人に知られる訳にはいかないの。それに彼はもう貴女達に関する記憶がないから……」
「そんなーっ!」
「あ、あんまりだーっ!」
喜んだのも束の間、無慈悲な現実を突きつけられてデモスは顔を両手で覆う。
「う、ううっ……!」
「同志ーっ!」
「泣かないで、どうしー!」
「ほら、お菓子だ! 美味しいぞ! これを食べて元気を出すんだ!!」
「……」「……」
大賢者とサチコは悲しむデモスの姿を複雑な心境で見ていた。
◇◇◇◇
「ねぇ、スコッツ君。お昼になったらビッグバードに行きましょう?」
場所は変わってスコットの部屋。朝食後の紅茶を味わいながらドロシーは言う。
「……別にいいですけど、いいんですか? 依頼が入るかも知れないのに」
「いいのよ。家にはアルマ達が居るし、他の子に任せればいいしね」
「社長が言っていい台詞じゃないですよね、それ」
「社長だから言えるのよー」
笑顔でそう言ってのけるドロシーを前にスコットは何も言えなくなる。
(……なんだろう、目が覚めてからドロシーさん変わったな)
先日とは違い、今日のドロシーはかつての彼女のような自信に溢れている。
自分が気を失っている間に何があったのだろうか、スコットは紅茶を飲みながらドロシーの顔をジッと見つめる。
「ねぇ、スコッツ君」
「あ、はい。何ですか?」
「今はルナとニック君が居るから。そんな目でジロジロ見ちゃ駄目だよ? 夜まで我慢して」
「ぶごふぅうっ!?」
ドロシーに弾ける笑顔でそんな事を言われ、スコットは紅茶を吹き出した。
「ごふぅっ! ごはふっっ!!」
「あらあら、大丈夫? スコット君」
「……そこまでの関係に」
「や、やめてください! そんな目で俺を見ないで! 俺は何も覚えてないんですから!!」
「僕は覚えてるから安心して」
「ゴホッ、ゴホッ! ど、何処に安心できる要素があるんですか!?」
涙目で咽るスコットを見ながらドロシーは美味しそうに紅茶を飲む。
「ドリー、あんまりスコット君をイジメちゃ駄目よ? 嫌われても知らないわよ?」
「むむっ……わかってるよ」
だが見かねたルナに叱られて大人しくなる。
「そ、それにタクロウさん達は」
「知ってるよ。タクロー君とは付き合いが長いから、僕があの杖を使って別のドロシーになってるのにとっくに気付いてるわ」
「……」
「それでも彼は僕の友達で居てくれるの。優しいでしょ?」
怒り狂うタクロウに『クソビッチ』と罵られ、ナイフや包丁を投げられようとも彼を友達と宣うドロシーにスコットは絶句する。
「いやいやいや! 大体、今の社長はまだタクローさんに会ってないでしょ! 記憶で覚えてるのと実際に見るのとは大違いですよ!? あの人、マジで怖いですから!!」
「えー、大丈夫だよ。タクロー君が優しさはしっかり記憶に刻まれてるし、ああ見えて僕のこと大好きだし」
「その自信は何処から来るの!?」
「それに素敵なスコッツ君が僕を守ってくれるしね」
ドロシーはスコットと目を合わせ、ニッコリと笑って言った。
「ぐふぅっ!?」
『危うくなってもスコットが助けてくれる』……そう確信している彼女のエンジェルスマイルにスコットは撃沈。
やはり生まれ変わった彼女も魔女であった。
「ははは、仲睦まじそうで羨ましいよ……」
「そんな顔しないでニック君。あとで私が慰めてあげるから」
「いや、遠慮して」
「遠慮しないで? 私は可愛い男の子が傷ついているのを見ると放っておけないの」
ルナは失恋のショックで落ち込んでいるニックを膝上に乗せ、その頭を優しく撫でて彼を慰める。
「い、いや。別に私は傷ついてなど……」
「うふふ、強がりは駄目よ」
ニックをむぎゅっと抱きしめながらルナは微笑む。
ニックは目を見開いて顔を赤くし、彼女の妖精のような美しさにときめいてしまった。
「で、でもまだお昼には時間ありますし。とりあえず社長達はあの家に戻ってくれませんか? 俺は後で向かいますから……」
>ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ<
「……」
「電話だよ、スコッツ君」
不意に鳴り響く携帯のバイブ音。スコットは無表情で携帯を取り出した。
「誰から?」
「……ジェイムスさんです」
通話相手を確認した瞬間、スコットは物凄く嫌な予感を覚えた……