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知らなかったのか? ヒロインからは(ry
「……それじゃ、今日は帰りますね」
夕食を食べ終えたスコットは皆に頭を下げてリビングを出ていく。
「はーい、今日はお疲れ様ー」
「ああ、お疲れ。ゆっくり休むんだぞ」
「あら、もう帰るの? ゆっくりお風呂に浸かってからでもいいのに」
「またなー、非童貞ー」
「ん、じゃあなー」
「うふふふ、ではまた明日」
「休む時はしっかり休んで疲れを癒やすんだぞ。戦士の基本だ」
皆に見送られながらスコットは玄関に出る。
「……はぁ、今日はさっさと寝よう。何か疲れた」
「お疲れさまです、スコット様。貴方のお部屋はマリアさんが掃除を済ませておりますので、ご安心ください」
「えっ」
スコットを見送りに来た老執事は笑顔で言った。
「……マリアさんが?」
「はい。彼女はああいう汚れを掃除するのが大得意ですので」
「……」
「それではまた明日。お嬢様をよろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げる老執事にスコットは何とも言えない気分にさせられた。
「……まぁ、努力はしますよ。でも期待はしないでくださいね?」
スコットは玄関ドアを開けて自宅に戻る。
「はっはっ、貴方には期待しておりますよ。お嬢様は既に貴方を選んでおりますので」
スコットの残した言葉に老執事は満面の笑みで答えた。
「ぬぁぁぁぁ……疲れたぁぁぁぁ……」
自室に帰還したスコットは魂が抜けるような声を出してベッドに倒れ込む。
「……」
怪物に壊された窓も元通りになっている。
老執事の言う通り玄関や部屋に飛び散った血の汚れは綺麗サッパリ掃除され、血の匂いすら残っていない。
「……くそぅ」
マリアが喜々として自分の部屋を掃除する姿が目に浮かび、スコットは心底嫌そうに頭を抱えた。
「次からは気をつけないとなぁ……インターホンが鳴ったらもう敵だと思って」
\ピンポーン/
そして鳴り響くインターホン。スコットの全身が強張った。
「……はぁ、マジかよ」
彼は重い溜息を吐きながら立ち上がる。
また変な相手がやって来たのではないかと警戒し、背中から悪魔の腕を呼び出す。
現在の時刻は夜10時、この時間に部屋を訪ねてくる人物に思い当たりなどない。
「……よし、二度目はないさ。次は襲われる前に殺す」
考えられる相手は泥棒か、あの怪物のような倒すべき敵。
相手がどんな動きをしても返り討ちにする準備を終えてからスコットはドアを開けた……
「はい、どちら様で」
「……あ、スコット」
スコットは相手の顔を確認した瞬間にドアを閉めた。
『ちょ、ちょっとぉぉー! なんで閉めるのよぉー!?』
「……ああ、くそう! そうだね! レンさんが居たね!!」
『ちょっと、開けてよ! スコットォー!!』
手で顔を押さえて数秒ほど苦悩した後、悪魔の腕を戻して再びドアを開ける。
「こ、こんばんは、レンさん」
「ヒドイわね、アンタ!?」
「す、すみません、ちょっと驚いちゃって」
「そんなに驚く!?」
レンは半泣きの膨れっ面でスコットを睨む。
「い、いえ……別に」
「じゃあ、さっさと部屋に入れて!」
「えっ!?」
「ちゃんと話を聞かせてもらうわよ! あたしにあんな乱暴なことした理由について!!」
そう言えば……とスコットは思い出す。
昼間、部屋に訪れてきたレンを物凄く強引な方法で追い出した事を……
「ああ……はい。アレですか」
「アレよ! 本当に殺されるかと思ったんだからね!?」
スコットは目頭を押さえながらレンを部屋に入れ、あの時の自分の行動を心から悔やみながらドアを閉めた。
「じゃあ、聞かせてもらおうかしら」
レンは彼のベッドに腰掛けて聞く。
『別の女性が来たので追い出しました』
……等とバカ正直に言うわけにもいかないスコットは苦悶する。
今思えばドロシーは彼女の事を知っているし、彼女と自分が寝ている事についても把握している。
自分で正直に打ち明けたのだから。
(……あれ? 別にレンさん追い出さなくても良かったんじゃね?)
ここでようやくスコットは己の間違いに気付いた。
「……そ、それは」
「正直に教えてくれたらさっさと帰るわ。それだけが聞きたくて来たんだから」
「ううっ……!」
正直に言えば確実にレンを傷つける。
ここはもう正直に打ち明けて関係を断った方が良いのではとも思ったが、彼個人は決して彼女を嫌っていない。
かつてはトラウマの象徴でもあったレンの存在も……
『アンタが自分をどう思っていようと、あたし達にとってアンタはヒーローなのよ。それだけは忘れないで』
その一言で 気になる女性 にランクアップしていたのだ。
(ううう……! いや、ここは素直に彼女との関係を断つべきだ! 俺には社長が……)
「ちょっとー? もしもーし??」
「じ、実はその……社長が部屋に来たんです」
意を決したスコットはレンをジッと見つめて正直に話す。
「え?」
「そのっ、社長が部屋に来ちゃって! レンさんが見つかるとそのっ……えっと!!」
「あー……あー! なるほど! あたしが部屋に居るってバレちゃうと面倒なことになるから!」
「そ、そうなんです。えーと、えーとっ! レンさんはそのっ……」
「ざっけんな! 馬鹿ぁぁー!!」
「ぐばぁぁーっ!!」
激怒したレンはスコットの顔面に本気の蹴りを入れた。
「もう、信じられない! そんな理由で!? そんな理由であたしはあんな怖い目に遭わされたの!!?」
「ううっ……! すみません! すみません!!」
「あー、そうですか! そうですか! 正直に言ってくれてありがと! お陰でスッキリしたわ!!」
怒り心頭のレンは土下座するスコットを思い切り踏みつけて部屋を出ていく。
(……ううっ! これで、これで良いんだ! 嘘をついて泥沼にはまるよりは、正直に打ち明けて嫌われよう……! さようなら、レンさん……!!)
スコットはボロボロと泣きながら蹲る。
ここまで惨めな気分にさせられたのはいつぶりだろうか。
トラウマを克服したと思ったのも束の間、今度は更に深い心の傷が生まれてしまった。
「……ねぇ、スコット」
だがここで部屋を出た筈のレンが戻ってくる。
「……うっ?」
「言っておくけど、あたしは最初からアンタの事なんて好きじゃないからね?」
「えっ」
「身体の相性がちょっと良かっただけだから。別にあたしを彼女とか恋人とかみたいに思わなくていいから!」
「えっ、あっ……はい」
「だから……」
レンは壁にもたれ掛かり、物欲しそうな顔でスコットをジッと見つめながら言った。
「別に気にしなくていいから……抱きたくなったら会いに来るか、電話をちょうだい? サービスしてあげる」
「……えっ、レンさん?」
そんな爆弾発言を残してレンは足早に部屋を出ていった。
「レンさん……!?」
スコットは思わずレンを追いかける。
そして急いでドアを開けるが、もう彼女の姿は何処にもなかった。
「レンさぁぁぁぁぁ────ん!?」
スコットは叫んだ。叫ぶしかなかった。
正直に言おうが言わまいが、泥沼から逃れる術は最初から無かったのだから……