16
「……んっ」
ドロシーが次に目を覚ましたのは寝室のベッドだった。
「んぎゅっ、う……」
ググッと背伸びしながら起き上がる。
部屋の中は薄暗く、時刻は既に夕暮れ時。ドロシーは自分の身体を確認し、とりあえずは無事である事に安堵した。
「……助かった、のかな」
ドロシーが覚えているのは怪物に捕まった瞬間まで。
あの後にどうなったのか、誰に助けられたのかはわからない。
「目が覚めたのね、ドリー」
「ふやっ! お、お義母様!?」
「うう……ん」
「ふやぁっ!?」
ドロシーは自分と同じベッドで全裸のルナと半裸のスコットが寝ていることにようやく気付いた。
「ス、スコット君! どうして!?」
「んっ、貴女を助けるのに少し無茶をしたのよ。だから私が癒やしてあげたわ」
「……」
「安心して、もう彼は大丈夫よ」
ルナは微笑みながらベッドから起き上がる。
ドロシーは裸の彼女とスコットが自分のベッドで寝ていたという事実に少しだけ動揺した。
「……お義母様」
「どうしたの? ドリー」
「お義母様は僕がどう見えるの?」
「ふふふ、いつもより可愛いドリーよ」
ルナに即答されてドロシーは目を丸めた。
「貴女がまだ自分を受け入れられないのはわかるわ。でも、私にとっては貴女も可愛い娘なの」
「……」
「だからそんな顔しないで。泣きたくなったらいつでも甘えていいのよ……私は貴女たちのお義母様なんだから」
ルナは両手を広げて『甘えてきなさい』のポーズを取る。
「……もう、そんな事、簡単に言わないでよ」
ドロシーは寝息を立てるスコットを踏み越えてルナに抱きついた。
「ふふふ、いらっしゃい」
「……どうして皆、僕よりも先に受け入れちゃうの? ズルいよ……」
「ふふっ、ごめんなさい」
「……謝られても、困るよ」
ルナは優しく娘を抱きしめる。
昨日の彼女と同じように、柔らかい胸でドロシーを包み込んだ。
「……僕は昨日までの僕にはなれないよ?」
「それでいいのよ、貴女は貴女なんだから。自分がなりたい自分になりなさい」
「……うん」
「ふふふっ」
暫くドロシーをギュッと抱きしめた後、その額にキスをして彼女を放す。
「さぁ、そろそろ起きましょうか。お腹が空いてるでしょう?」
「うん、ペコペコよ」
「ふふふ、いらっしゃい。リビングに美味しいお菓子が沢山あるわ」
「プティングはある?」
「ええ、勿論よ」
ここでドロシーのアンテナがピコンと立ち上がる。
ようやく笑顔を取り戻した彼女を愛しげに見つめ、ルナはその手を取ってベッドを降りた。
「……んあっ?」
時刻が夜の8時を過ぎた頃、スコットがようやく目を覚ます。
「ああ、くそっ……また死にかけたのか俺は」
半裸になっている自分の身体を見て溜息が漏れる。
「……またこのベッドでルナさんと寝たのかな」
脳内に浮かんだルナの裸を首を振って強引にかき消す。
バシンと頬を叩いて気合を入れ、ハンガーに吊るされた替えの洋服を手に取った。
「ああ、腹減ったなぁ。執事さんに頼んだら何か作ってくれるかな……」
「あ、スコッツ君! 目が覚めたのねー!」
「えっ?」
ドアを開けてドロシーが寝室に入ってくる。彼女が口にしたあの名前に思わずスコットは反応した。
「どうしたの? 怖い夢でも見た?」
「あの、今……」
「ああ、スコッツ君ね。その方が呼びやすいから呼んでみたの」
「……俺の名前はスコットです」
「知ってるわ、でも今はそう呼びたい気分なの」
ドロシーはそう言ってくすくすと笑う。
スコットはその生意気な笑顔にかつての彼女の姿を重ねた。
「あの、社長……」
「アレ? 二人きりの時はドロシーさんって呼ぶんじゃなかったの?」
「……覚えてたんですか」
「覚えてるよ。僕は記憶力が良いから」
「じゃあ、スコットって呼んでくれませんかね?」
「えー、やだ」
ベッドの上に腰掛けた彼女はそんなことを言う。
スコットの部屋に居た時とは雰囲気がまるで違うドロシーに困惑しつつもスコットは着替えを済ませた。
「……あの、社ちょ」
「ドロシーさん」
「……ドロシーさん」
「なぁに? スコッツ君」
「何だか、雰囲気が変わりましたね? 何というか……その」
「前の僕みたい?」
ドロシーは立ち上がってスコットの目の前まで近づく。
「……まぁ、はい」
「ふふん、でも僕は違うの。僕はドロシーだけど今までのドロシーとは別人よ」
「……」
「それでもね」
そしてスコットの頬を掴み、少し強引に彼の唇を奪った。
「……へっ?」
「それでも僕は君が好きだよ。これは彼女の気持ちじゃなくて、僕の気持ち……」
「えっ、ちょっ……えっ! な、なっ!?」
「なーんてね」
ドロシーはくすくすと笑いながらスコットに背を向ける。
「ちょっ、社長……ドロシーさん! 今の、えっ! 今のは!?」
「スコッツ君もお腹空いたでしょ? 君の分の夕食を用意してあげるからリビングに来なさいー」
「今のは何ですか! 好きって!? ねぇ、ドロシーさん!!?」
「今日の夕食はカポシスのステーキよ。美味しくて精がつくよー、スコッツ君にはピッタリのメニューね」
「ドロシーさぁぁぁぁん!?」
スコットは顔を真っ赤にしながらドロシーに説明を求める。
だが彼女は決して彼と顔を合わせず、小悪魔のような笑みを浮かべながら寝室を出た。
「ちょっとドロシーさん! 説明を」
「皆の前だから社長って呼びなさい」
「はぁ!?」
「あら、スコット君。目を覚ましたのね」
「ああ、良かった。心配したぞ、スコット君」
「だ、大丈夫かよ、スコット! また死にかけたって」
「おーっす、非童貞! 何だ、その顔! ひでえ顔だな!!」
「うふふふ、本当ですわねー」
「また無茶をしたらしいな、スコット。命は大事にしないと駄目だぞ?」
顔を紅潮させながらリビングに出たスコットをウォルターズ・ストレンジハウスの面々が温かく迎えた。
「……ッ!」
「おやおや、スコット様。そんなに顔を真っ赤にしてどうなさったのですか?」
「な、何でもないです! 放っておいてください!!」
「アーサー、スコッツ君に夕食を用意して」
「かしこまりました、お嬢様」
「沢山血を流したから精がつくように焼き加減はレアで、ニンニク多めのソースを付けてあげてね」
「いやいや! 焼き加減はレアより……ってそうじゃなくてですね!!」
「もっと血がしたたる方が良いってさ」
「かしこまりました、焼き加減はウルトラレアですね。お任せを」
「話を聞いてぇぇぇぇー!?」
ドロシーからの突然のマウストゥマウスと告白。
スコットは必死にその真意を聞こうとするが、彼女はあの手この手で話を逸らし続ける……
(ふふん、そのままの意味だよ? スコット君)
(本当は君もわかってるくせに……)
スコットの問いかけに意地悪な笑みで返しつつ、ドロシーは心の中で正直に答えた。