13
(……ああ、負けるのか)
フラオ・コレクターは逃れられぬ死に直面した時、少し前の時間を回想した。
彼が目が覚めたのは死体の山。この街の何処かにある廃棄施設だった。
ジェイムス達に危険生物として処理された彼は仮死状態になることで命を繋いだ。
復活した彼は左脇付近に埋め込まれた死体確認器を摘出し、傷を抑えながらその場を去った。
突然、自分を襲ってきたジェイムス達に対する恨みは無かった。
力の無い雄が徒党を組んで伴侶を奪おうとするのは珍しいことでも無かったからだ。
(……また、新しい花嫁を探さなければ)
(あの娘は子供が産めそうになかった。あの娘で満足できるならそうするといい。お前達にはお似合いだ)
その時の彼は伴侶を守ろうともしなかった。
既に子作りを試みて失敗し、その被害者から興味を失っていたのだから。
(ああ、駄目だ。この娘も子供が出来ない)
廃棄施設を出た彼は傷を回復するべく休眠状態に入り、今日になって活動を再開。
目覚めた彼のすぐ近くを通り過ぎた不幸なカップルを襲って伴侶を新しい巣に連れ去ったのだ。
(……傷が回復しない。塞がらない)
(……このままでは長くない)
最初の犠牲者との子作りに失敗した際に彼は悟った。自分の体はもう長くは持たないと。
子供を残す、群れを作る事に執着していた彼は一人、また一人と花嫁を攫った。
(……どうして上手くいかない! どうして子供が出来ない!?)
(このままでは死んでしまう! 子供を残す前に……!!)
彼は焦った。生きた証を残せずに死んでいく恐怖に蝕まれながら辿り着いた13番街区の路地裏。
その暗がりから覗いた大通りで彼は彼女を見つけた。
(……何だ)
(あの娘は、何だ?)
彼の目に飛び込んできたのは金髪の少女。
まだ幼さが残る顔に小柄な身体、とても子供が出来そうにない小さな雌に彼は目を奪われた。
その美しさではなく、彼女から溢れ出る莫大な生命エネルギーに。
彼は見た目ではなくその雌が持つ生命エネルギーの強さで伴侶を選ぶ。
子作りに耐えうる身体も重要であるので狙う雌も比較的大柄な女性ばかりだ。
だが、彼女が放つエネルギーは外見の小柄さを帳消しにして余りある魅力だった。
(あの娘なら……)
(あの娘なら、きっと子供ができる!)
生命エネルギーの強さはその雌の生命力の強さに直結する。
信じられないことにあの小柄な身体には今まで攫ってきた雌の優に数千倍はあろうかという凄まじいエネルギーが秘められていた。
彼には彼女が放つ黄金のエネルギーで街中が照らされているかのように見えた。
(……あの娘は何処に向かっている? 他の雄のところか??)
彼は暗がりから彼女の後をつけた。
彼女の表情を見るに恐らくは伴侶のところだ。
悟られぬように気配を殺しながら追いかけると、彼女は灰色のマンションに入っていった。
(……ここにあの娘の伴侶がいるのか)
彼は彼女を追ってマンションに忍び込む。
二階に上がった彼女はある部屋の呼び鈴を鳴らし、そわそわしながら伴侶を待っていた。
(……)
彼が他の雄の巣まで雌を追ったのは今日が始めてだ。
それだけ彼女に心を奪われていた。一人で歩く伴侶を連れ去るという選択を持たない彼は律儀に雄が出てくるのを待つ。
戦って奪い取らなければ意味がない。
戦わずに雌を奪う飢えた負け犬にはなれない。
……人間にとっては今の彼こそがその負け犬なのだという事にも気づけない哀れな怪物は、息を殺しながら雄が出てくるのを待ち続けた。
(……出てきた。あれがあの娘の伴侶か)
(……!)
そして現れた彼女の伴侶。それは正しく化け物であった。
身体は自分よりも小さいが、その身体から溢れる青色のエネルギーは彼女に勝るとも劣らないものだ。
エネルギーそのものが意思を持っているかのように揺らめき、見方によっては青い巨人のようにも見える。
(……勝てるか? この身体で)
(勝てなければ、ここで終わる)
彼はここで躊躇した。
彼女の伴侶は強い、戦いを挑んでも返り討ちにあうかもしれない。
彼女が雄の部屋に入り、その部屋の前まで歩いていっても彼は暫く躊躇っていた。
(……でも、どうせすぐに死ぬ。この傷では長くない)
(それならば……戦って死のう)
意を決した彼は呼び鈴を押した。相手は強い、最初から全力でかからなければ。
そして何度目かの呼び鈴を押した後、あの雄が顔を出した。
「……本当にどちら様ですか?」
あの雄は此方を見て硬直した。
彼は少しの間この雄の様子を伺ったが、いつまで経っても仕掛けてくる様子はない。
(……)
(……来ないのか。なら、貰っていくぞ)
この一瞬で確信した。
この雄は力はあるが、ただそれだけの雄だと。
あの娘を守ろうともしないこの雄に伴侶を持つ資格はないと……そう思って彼は全力で襲いかかった。
(……とんだ思い違いだ。この雄は……)
(この雄は、奪われても取り返せると)
(奪われても奪い返せるから、守らなかったのか……)
そして時は戻り、彼の視線の先には青い拳が迫る。
(ああ、悔しいな。あの娘となら……)
(きっと、いい子供が)
(お前のような、強い雄だったら……)
(きっと、素敵な群れが……)
────グシャッ。
フラオ・コレクターは最後に羨ましそうに笑い、悪魔に顔面を叩き潰された。
「ハァ、ハァ、ハァ……この化け物が。黙ってそこで動かなくなってろ……」
「……んぎゅっ」
「彼女は……渡さねぇよ」
スコットは気を失ったドロシーを抱きしめて忌々しげに吐き捨てた。
フラオ・コレクターが死の間際にどれだけ彼を羨み、そして一種の尊敬の念すら抱いても……
スコットにとって彼は穢らわしい一匹の化け物でしかなかった。
この街にとって彼は最期の最後まで忌々しい怪物でしかなかった。




