12
(……アイツは!)
「放せって、言ってんだろうがぁぁぁぁー!!」
怪物、フラオ・コレクターに追いついたスコットは悪魔の腕を振りかぶって殴り掛かる。
「……シィッ!」
フラオ・コレクターは悪魔のパンチを回避し、触手を伸ばして反撃を繰り出す。
「があぁぁぁぁぁあああっ!!」
だがスコットは止まらない。
左肩と脇腹を貫く触手の攻撃に全く怯まずに怪物に掴みかかり、尋常ならざる怪力で地面に押し倒す。
「グルルルルッ!」
「おおおおおおおっ!」
突然、脇道から車の往来が激しい道路の真ん中に二体の化け物が取っ組み合いながら現れて通行客は混乱する。
「うおおおお、何だぁっ!?」
「ギャーッ!」
目の前に化け物が現れて動転した運転手は思わずハンドルを切る。
急に方向転換する車に後続車が追突して派手に横転。それに続々と車が突っ込み、大規模な玉突き事故が発生する。
「はっ、はぁ……っ!」
「カァァァアッ!」
「くたばれ、このっ……!!」
マウントを取り、拳を振り上げて叩き潰そうとしたスコットをフラオ・コレクターは強靭な足で蹴り飛ばす。
「ごあっ……!」
「グェッ!」
事故で横転した車にスコットは突っ込み、大きく凹んだ車内からカエルのような悲鳴が上がる。
(……アイツは、何だ。追ってきたのか? 何故? まさか)
(奪いに来たのか! この娘を! 花嫁を、奪い返しに来たのか!!)
気絶するドロシーをギュッと抱きしめてフラオ・コレクターは身構える。
伴侶は奪い取るもの。それが彼の生まれ持った習性……故に彼は身震いした。
あの傷ついた雄は奪われた伴侶を奪い返しに来たのだと瞬時に理解したからだ。
(……渡さない! この娘は!!)
背中から生える触手と先端が千切れた尻尾を逆立ててスコットを睨む。
しかし相手を睨む双眸とは裏腹に口元は緩み、ぎこちない笑みが浮かぶ。
彼は彼女を奪いに来たスコットに明確な敵意を抱いていたが……
「……彼女を、放せ」
(……この娘は、そこまで特別な雌なのか。傷ついた身体を押してまで戦いを挑むのか)
「……聞こえないのか? 彼女を、放せって……」
(ああ、わかるよ。この娘は特別だ。今まで見た雌の中でも特別だ。渡せない、絶対に)
「放せって、言ってるんだよ! このクソ野郎ォォォォォー!!」
それ以上にスコットが伴侶を得た自分に戦いを挑んできた事が嬉しかったのだ。
伴侶を守る戦いに臨む事は、雄にとって最大の栄誉なのだから。
「ガァァァァァァァァッ!」
悪魔の拳を素早い動きで躱し、フラオ・コレクターは鋭い爪で反撃に移る。
だが一度はスコットの身体を引き裂いた爪は悪魔の腕に防がれ、パキンと折れてしまった。
「!?」
「うぉらぁぁぁぁああ!!」
────ドゴンッ!
最大の武器である爪が折られた事に動揺したフラオ・コレクターにスコット渾身のカウンターパンチが叩き込まれる。
彼の身体はくの字に曲がり、ドロシーを抱えていた腕から力が抜けて思わず手放しそうになる。
「グギィィッ!」
しかし彼は歯を食いしばって堪え、再びドロシーを強く抱きしめる。
ようやく見つけた花嫁を手放すものか。彼は骨が砕ける激痛を耐えながら踏みとどまり、悪魔の腕を押さえ込む。
「ギィィッ!」
「くそっ……!」
「ガァァァァァァアッ!!」
触手を振り乱し、先端の刃でスコットを切り刻む。
その攻撃で僅かに怯んだ彼を尻尾で殴り飛ばし、フラオ・コレクターは青い血を吐きながら膝をついた。
「ぐぅおっ!」
「ガバッ、ガッ、ガハッ……!!」
既に致命傷を負っていた彼は今の一撃で更に命を縮める。
肋骨と胸骨が砕け、内臓も破裂。このまま戦えば子供を作る前に死んでしまう。
(駄目だ、死んでしまう。ここは逃げなければ……子供を作らなければ。早く子供を)
(ここで死ぬわけにはいかない。でも……)
「がっはっ……! ははっ、コイツ……はっ! ははぁっ!!」
身体を切り刻まれてもスコットは笑いながら起き上がる。
彼の傷も命に関わる致命的なものだ。このまま戦えば彼も死ぬだろう。
「放せよ……コラ。彼女を、放せ。いい加減に……!」
「グルル……!」
「その汚い手で彼女に触れるのをやめろ! それ以上は、殺すだけじゃ済まさねぇぞ……このクソ野郎……!!」
それでもスコットの瞳からは闘志は潰えない。
彼は自分の命よりもフラオ・コレクターとの戦いを、そして彼女を奪還する事を優先している……
────否、楽しんでいる。
「……グルルッ!」
彼は逃げることも出来た……だが、雄として背を向けるわけにはいかなかった。
(ここで逃げて子供を作っても、アイツは死ぬまで追ってくる。そうなったら……)
(殺さなければ、今殺さなければ。ここで殺さないとこの娘は奪われる、子供も殺されてしまう)
(このままでは死ぬ。だが、死ぬのはアイツを殺してからだ)
彼は力は弱かったが、その覚悟だけは他の強い雄にも負けていなかった。
「ガァァァァァァアッ!!」
彼は雄として、手に入れた雌を奪おうとする相手との戦いを放棄する訳にはいかなかった。
「……ははッ! 上等だ、化け物! ぶっ殺してやる! 叩き潰してやるっ!!」
それが彼の生まれ持った習性……人間には決して理解できない化け物の傍迷惑なプライド。
力なき小さな雄が異界の地で死の間際に辿り着いた、最初で最後の誉れある戦い。
背を向けられる筈が無かった。
「ガァァァッ!」
フラオ・コレクターはスコットに掴みかかるが、悪魔の腕に軽く払いのけられる。負けじと瞬時に触手を伸ばすも……
「おああぁっ!!!」
悪魔の拳の一振りで触手は千切れ飛ぶ。
「ギギギッ!」
怯まずに今度は尻尾で振るう。しかしこれも受け止められ、根本から勢いよくブチブチと引きちぎられた。
「ガァァァッ!」
「おらぁぁぁぁぁっ!」
怯んだフラオ・コレクターの身体を悪魔の腕が掴んで地面に押し倒す。
彼が逃げられないように爪を身体に食い込ませ、みちみちと力を込めながら動きを封じた。
「彼女は……返してもらうぞ……!」
「ギ、ギギッ……!」
「その、汚い腕で……俺の社長に触るなって言ってんだよ!!」
ドロシーを放すまいと腕に力を入れるが、スコットはその腕を掴んで容赦なくへし折る。
「ギアアアアッ!」
フラオ・コレクターは爪が折れた方の腕でスコットを力の限り殴るが……
ミシィッ。
その拳は悪魔の腕に呆気なく受け止められ、容易く握りつぶされた。
「……グガッ!」
「いい加減にくたばれ! このクソ野郎ッッ!!」
青い悪魔の鉄拳が目前に迫った所で、フラオ・コレクターはようやく理解した。
このスコットが今まで戦ったどんな雄よりも強い本物の化け物であることを。
そして、あの娘が彼にとってどれだけ大切な存在であるかを。