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そして余裕ぶっこいてたヒロインはピンチになるもの。心得ております。
〈グルオオオオオオオオオッ!!〉
ドロシーの魔法を物ともせずに怪物は猛進し、大きな腕で彼女を叩き潰そうとする。
「あははっ、でもこれはちょっとヤバそう……」
〈グオオオッ!〉
彼女に怪物の豪腕が届こうとした瞬間、怪物の頭部に大きな瓦礫が落下する。
〈ガッ!?〉
「!!」
落下した瓦礫に脳天を強打された怪物は大きく体勢を崩す。
ドロシーはその隙を見逃さずに魔法を連射。着弾した魔法は怪物の胴体に復数の爆発する白い紋章を刻み込み……
キュイイッ─────ドドドドドドドドォン
凄まじい連鎖爆発を引き起こす。
〈ガアアアアアアアッ!!〉
「今のはちょっとスリルがあったね。でも、これは効いたでしょ?」
ドロシーは先程の魔法に確かな手応えを感じていたが……
〈グルルルルルル……〉
「……嘘、これでも駄目なの?」
爆煙が晴れた先には、あの爆発を受けてもまるでダメージを受けていない怪物の姿があった。
〈グオオオオオオオオオオオッ!〉
「うーん……流石にちょっと……」
〈グオオオオオオオオオオオオオーッ!!〉
「これは、ヤバいわね!」
ドロシーは咄嗟に防御障壁を展開して怪物の殴打をガードする。
だが彼女は展開した防御障壁ごと、まるで人形のように吹き飛ばされてしまった。
「……お嬢様!!」
戦いを見守っていた老執事もたまらずアクセルを踏んで猛スピードで車を走らせる。
「ああっ、おい! ちょっと待て! まだ俺たちが……!!」
車の外に出ていた警部達の事など既に老執事の眼中に無かった。
「……!」
スコットは吹き飛んでいくドロシーの姿を見て、何処かで見た光景を思い出す。
(……あんな高さまで飛んで……落ちたら……!)
ドロシーは魔法使いだ。
例えあの高さから落ちても死にはしないだろう。
怪物の殴打も防御障壁でガードしているのでそこまでのダメージは受けてはいない。
だがスコットにそんな事などわかるはずもない。
彼の目に映るのは、怪物に殴り飛ばされて宙を舞う金髪の少女の姿……
(……死んでしまう、あの子が死んでしまう! あの時みたいに……)
(……あの時みたいに!!)
その衝撃的な光景が、彼の最大のトラウマを刺激した。
べゴンッ
「!?」
不意に背後から聞こえた物音に驚いた老執事が後ろを向くと、特別製の丈夫な天井を引き裂く大きな青白い腕が見えた。
「……ぐぐっ……!」
「……スコット君、貴方は……」
「……ぐぉおおおあああああああああああああああっ!!」
スコットはとても人間のものとは思えない、獣の如き叫び声を上げて跳躍する。
「……本当に、悪魔が憑いていたのですか」
老執事は人間離れした跳躍力を見せるスコットを目の当たりにして細い目を丸くした。
「……いったー……いなぁ、ちょっと効いたよ……ははっ」
ドロシーは空高く打ち上げられながらふと視線を下に向ける。
目測でも100m近い高さまで飛ばされている事を察し、あはは……と苦しげな笑みを漏らした。
「……ちょっと、この高さはキツイかな。死にはしないだろうけど……」
〈グオオオオオオオオオオオッ!〉
「でももう一発殴られちゃうと、ヤバいかも……」
何とか空中で姿勢を変えて杖を構え直し、この高さまで跳躍して追撃してくる怪物に魔法を放つ。
カキンッ
だが、その銀色の杖から魔法が放たれる事は無かった。
「あはは、術包杖が焼き切れちゃったか……無駄に連射しちゃったもんね」
ドロシーは迫りくる怪物の姿に、久しく会ってなかった死神の姿を幻視した。
(あーあ、こんな終わり方か。嫌だなぁ……、せっかく新人君が……)
(ま、仕方ないね……今まで頑張ってきたし。お父様も褒めてくれるよね……あっ、ルナ達は怒るかな……)
ドロシーは実にあっさりと自分の最期を受け入れ、そっと目を閉じようとした。その時だった。
────バギャンッ
彼女の目前に迫った怪物を、大きな青白い腕が思い切り殴り飛ばした。
「……あれっ?」
〈グアアアアアアアアアアーッ!〉
殴り飛ばされた怪物はビルの残骸に叩きつけられる。
ドロシーが状況を理解する前に何者かが落下する彼女の身体を受け止め、建物の壁を青白い腕でガリガリと削って減速しながら地面に着地する。
「……え、何? 何が起きたの?」
「ぐるる、う……!」
「……はえっ?」
「だ、大丈夫ですか? 社長……」
ドロシーを受け止めたのは、車の中で待っているはずの新人だった。
「す、スコット君……?」
「す、すみません。ちょっと……降ろしますね」
「ご、ごめん……重かった? 結構、体重には気を使ってるつもりなんだけど……」
スコットは息を荒げながらドロシーを降ろす。
「……わぁ、凄い。本当に君には悪魔が憑いていたんだね」
ドロシーはスコットの背中から生える半透明の大腕を見て、ようやく彼の言葉が真実であった事を知った。
「……しゃ、社長すみません。少し離れていて貰えますか……」
「あ、ごめん……大丈夫?顔色が悪いけど……」
「ははっ……最近は結構、落ち着いていたんですけどね」
〈グオオオオオオオッ!〉
土煙の中から怪物が起き上がる。
スコットの背中から生える大腕はあの怪物に反応しているかのようにギリギリと拳を握りしめ、ガシンと空気が震える程の勢いで両拳を合わせた。
「どうやら、今日のコイツは……最高に、機嫌が悪いそうです……」
やがてスコットの片眼は獣のような瞳孔に変化し、燃えるような青い光を灯らせた。