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ヒロインを巡って男が争うのは定番。血が吹き出し肉が裂ける魂のぶつかり合いもまた然り。
時は遡り、ルナが部屋を訪れる少し前。インターホンを聞いたスコットは顔面蒼白で硬直していた。
(……まさか、レンさん……!?)
普段は滅多に鳴らないインターホン。
\ピンポーン/
それが連続して鳴るという事はまたドロシーのように彼と交流のある人物が来たと考えるのが普通だろう。
ここで真っ先に思い浮かんだのがレンの存在だ。
(……そりゃあんな扱いされたらまた訪ねてくるよなぁ! 当たり前だよ、クソァ! ど、どうしよう! どうすれば……!!)
\ピンポーン/
「あれ、出ないの?」
「えっ、あっ! まさか! ちゃんと出ますよ!!」
もう言い訳は出来ない。覚悟を決めたスコットはドアへと向かう。
(まぁ……仕方ないか。正直に話そう。バレても恥じる事じゃないからな)
(別に俺は、社長の事が好きって訳でも……)
悶々としながらスコットはドアノブに手をかける。そしてドアを開け……
「はい、どちら様ですか……」
ボロ布を纏ったトカゲのような怪物と対面した。
「……本当にどちら様ですか?」
訪れてきたのはレンでは無かった。
見覚えのない怪物がいきなりドアの前に現れたのでスコットは一瞬だけ思考が停止した。
────その一瞬で勝負は決した。
トカゲの怪物はスコットを押し倒し、触手を器用に使ってドアを閉じる。
「んなっ……!?」
「シィッ……」
怪物は鋭い爪でスコットの身体を引き裂く。
玄関にスコットの鮮血が飛び散り、肩口から思い切り肉を裂かれて彼の意識は一瞬で途切れかける。
「があぁっ……!!」
スコットは途切れかけた意識を気合で繋ぎ止め、悪魔の腕を呼び出して反撃しようとした。
だが怪物の追撃の方が速かった。
途切れかけた意識を繋ぎ止めようとした一瞬の隙に怪物の拳が顔面に叩き込まれる。
繋ぎ止めた筈の意識は刈り取られ、スコットは動かなくなった。
「……あれっ?」
ドロシーはあまりの事態に硬直していた。
「……」
「スコットくん……?」
かつてのドロシーなら即座に反撃できただろう。
彼女はリンボ・シティでも最強クラスの魔法使い、この程度の怪物に不覚を取る筈がなかった。
彼女がかつてのドロシーであれば。
「シィッ……!」
ファミリーを襲った怪物を前に動きを止めるなどありえなかった。
手負いの怪物相手に手も足も出せないまま捕まるなどありえなかった。
「ギギッ……!」
「……このッ!!」
ここでようやく怪物を殺すべき相手と認識したドロシーは魔法杖を取り出して反撃しようと試みる。
(……あっ)
そして思い出した。今日は魔法杖を持ってきていないと。
いつも身に着けている筈のお父様のロングコートすら、今日の彼女は着ていなかった。
(ああ、本当に……)
(僕は違うのね。お父様……)
怪物は抵抗を試みたドロシーの首を触手で締め上げて気絶させる。
そして勢いよく窓を突き破って部屋から逃亡した……
「……がっ!」
スコットが目を覚ましたのはその直後だった。
「ぐがっ、はっ……! がはっ!!」
スコットは激しく吐血する。
胸を焼くような激痛、大量の出血による吐き気、混濁する意識。その全てが一気に襲いかかる。
「ぐぎっ……!」
だがスコットは悲鳴を上げる身体を無理やり起こし、背中から悪魔の腕を呼び出す。
「がっ、がっはっ……!!」
自分の身に何が起きたのかはよく覚えていない。
状況を正確に把握する余裕も今の彼にはない……
「……しゃ、社長……ッ!」
すぐ後ろに居たはずのドロシーがいなくなっている。
部屋のガラスを突き破って逃げる怪物の姿が見える……
「社長……ッ!!」
それだけでこの身体を動かす理由は十分だった。
「がぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」
スコットは片目に青い光を灯し、血の跡を残しながら獣のような動きで駆け出す。
「あぁぁぁぁぁぁああああ!!」
負傷のことなど既に眼中にない。
夥しい出血も意識にない。
今の彼にあるのは自分を襲い、彼女を攫って逃げたあの怪物への……
────敵意。
スコットは絶叫しながら割れた窓を抜けてベランダから飛び降りる。
血の雨を降らしながら地面に着地し、その衝撃で更に傷口から血が漏れ出す。
「……ぐっ、がっ!」
それでもスコットはすぐに走り出す。
血走った目でドロシーを抱えて逃げる怪物を睨みつけながら、血塗れの悪魔は疾走した。
「うわっ……! 何だ、アイツ!?」
「きゃああああっ!?」
「ば、化け物だ! 化け物が女の子……うわぁぁぁぁぁっ!? また化け物だぁぁぁぁあ!!」
「ひいいいっ!!」
13番街区の人々は鬼気迫る勢いで怪物を追うスコットの姿に戦慄して悲鳴を上げる。
「え、何……? 何、今の……え??」
その中には迷った末にスコットの部屋に再び向かおうとしたレンの姿もあった。
「がっ……はっ……はぐっ……!!」
血を撒き散らしながら走っていたスコットの身体に変化が起きる。
抑えていた胸の傷から青い炎が発生し、その傷を焼き塞いでいく。
出血が止まった代わりに身体からは青い蒸気が漏れ出し、片目に宿る炎も激しさを増していった。
「はっ……ははっ……はっ……!」
苦痛と焦りに歪んでいたその表情にもいつしか獰猛な笑みが浮かび……
「はははっ……はっ! はははははっ!!」
その姿はもはや人ではなく、獲物を追う手負いの悪魔そのものだった。