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「あ、はい。こちらジェイムスです」
4番街区のカフェを出て自宅に帰ろうとしたジェイムスに異常管理局総本部から連絡が入る。
「……それは、本当か?」
本部からの連絡を聞く内にジェイムスの表情がみるみる変化していく。
「はい、確認が取れました。間違いありません、この手口は奴です」
異常管理局セフィロト総本部 情報部。その部署で働く青髪の女性職員がインターカム越しに話す。
『奴はとっくに処理した筈だろ? 死体もこの目で確認した』
「はい、こちらでも生命活動の停止を確認し、死体として廃棄施設に送りました。しかし……」
『まさか生き返ったのか!?』
「先日未明、一瞬でしたが廃棄施設付近で反応が現れました。上位存在が出現した影響で機器が誤作動を起こしたのかと思われましたが……」
『……』
「……本日未明から14番街区、13番街区付近で異人女性が次々と行方不明になっています。被害者は全て若いカップルの片割れ……同行していた恋人は殺害されています」
『くそっ……!』
「こちらでは奴の反応が追えません。恐らく回収された際に身体に埋め込まれた死体確認機は既に体内から摘出、破壊していると思われます」
ジェイムスは苛立ちながら携帯をしまう。
「フラオ・コレクターめ……! 何でアレだけやられて死なないんだよ……!!」
フラオ・コレクター。それはリンボ・シティに突然現れた異界の怪物。
いつから街に潜伏していたのかは不明瞭で、奴に襲われた正確な被害者の数も不明。
その名の通り気に入った女性を花嫁として攫って街の何処かにある巣に持ち帰るのだが、狙われる女性は全て仲睦まじいカップルの片割れだ。
どんなに美しい女性であっても恋人の存在を匂わせ無ければ狙われない。
だが、もし狙われると恋人を殺害される上に花嫁として強引に連れ去られてしまう悪質極まりない外道だ。
無論、攫われた女性も無事では済まない……
その吐き気を催す凶行故に異常管理局に最優先無力化対象として指定され、ハロウィンの前日にジェイムス含めた数人の職員に処理された筈だった。
「……手持ちの杖は一本か。あの死に損ないのクズを殺すには十分だ」
ジェイムスすら人前でクズと断ずる程の忌まわしき存在。
今度こそ確実に息の根を止めるべく、つい先程誰かが攫われたと報告があった13番街区へと向かった。
(きっと、きっと、この娘なら大丈夫)
(この娘なら、いいお嫁さんになれる)
13番街区の路地裏を灰色のボロ雑巾のような衣装を纏った何者かが駆け抜ける。
(最初の娘は駄目だった。子供が産めない、耐えきれない。肉だ)
(次の娘も駄目だ。上手く行かない。餌だ)
(あの娘は惜しかった。子供は産めそうだけど、駄目だ。餌にもならない)
(でも、この娘は大丈夫。いいお嫁さんになれる)
その頭には髪がなく、骨のようになだらかな頭部には大きな風穴が幾つも空いている。
四つある眼孔も二つは潰れ、腹部からは青い内臓のような管が飛び出ている。背中からは数本の触手が生え、その全てに鉤爪のような刃が備わっている。
(この娘なら、子供が作れる)
その異形は気絶したドロシーを傷だらけの醜い腕で抱え、路地裏を抜けて大通りを素早く横切った。
(大丈夫、アイツは殺した。誰も追ってこれない。今度の巣は誰にも見つかっていない)
フラオ・コレクターと名付けられた怪物は、ようやく見つけた理想の花嫁を抱いて嬉しそうに跳躍する。
彼が生まれたのは此処ではない遠い世界。
そこでの彼は身体が小さく力が弱かった為に雌に嘲笑われ、同じ雄にも蔑ろにされた。
言語を扱う文化が無かった為に言葉は話せず、異界門に飲まれて流れ着いたこの街でも彼に居場所は無かった。
人並みの知性はあるが、喋れぬ異形の怪物を【人】と認める者はリンボ・シティにも居なかったのだ。
(この娘となら、きっといい群れが作れる)
彼が望むのは唯一つ。自らの群れ……人の言う 家族 を持つこと。
彼が花嫁を見定める際にカップルのみを狙うのは、その片割れの雄と戦って雌を奪うため。
彼にとって伴侶とは戦って奪うものであり、それが彼の生まれ持った習性なのだ。
同様の理由で雌も戦って雄を奪う。
彼らにとって一人で過ごす者は戦いに負けた敗者……もしくは戦う事すらしない負け犬であり、子供を作れるのは一つの群れの長のみ。
つまり子供は数々の戦いを勝ち抜いた強者のみに許される特権だ。
かつての世界では他の雄に勝てず、伴侶を得られなかった彼にとってこの街は楽園だった。
しかし幾度の戦いで勝利して伴侶を得ても中々子供が出来ない。
子供を産む前に雌は死んでしまう。
今度こそ、今度こそはと子供を成せる伴侶を探し続けている内に彼は化け物として追われる事となった……
(傷が深い。このままだと死ぬ。早く作らないと)
(子供が見れないまま死ぬのは嫌だ。群れを作れないまま死ぬのは嫌だ)
(生まれた証を残せないまま、死ぬのは嫌だ)
ジェイムス達に負わされた傷で彼はもう長くはなかった。
一日に一人しか攫わないのに、今日に限って何人も攫うのはその為だ。
(死ぬ前に、死ぬ前に。せめて子供を、俺の子供を……)
彼は焦っていたのだ。
(……何だ?)
ドロシーを抱えて巣に急ぐ彼はふと後方から何かを感じ取り、足を止めて振り向いた。
(……そんな馬鹿な! アイツは……!!)
彼は驚愕した。自分の目に映った光景が信じられなかったからだ。
「おぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁ!」
彼の目に飛び込んで来たのは血まみれの男。彼女を手に入れる時に殺したはずの雄。
「その汚い手で、彼女に触るな……このクソ野郎ォォォォォォ────!!」
血反吐を吐きながら青い腕を伸ばし、鬼気迫る表情で追いかけてくるスコットの姿だった。