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知らなかったのか? ヒロインからは逃げられない
「……ま、まずは社長の家に行くか……」
4番街区を抜け、13番街区の自宅に到着したスコットは息を切らせながらドアを開ける。
「……」
もしかしたらこの部屋に社長が来ているかも知れない……と思ったスコットは彼女の家に行く前に確認する。
リビング、キッチン、あり得ないと思いつつもバスルーム。
全ての部屋を確認したがドロシーの姿は無かった。
「……まぁ、そうだよな」
何故かスコットは胸が傷んだ。
かつてはあれほど『社長が部屋に来なかったらいいのに』と思っていたのに、今は彼女が居ないことが寂しく思えた。
それが当たり前だと言うのに。
「……よし、それじゃ行くか」
気を取り直して彼女の家に向かおうとした時に鳴り響いたインターホン。
スコットの身体はビクリといつも以上に過剰反応し、顔に大量の汗が浮かぶ。
「しゃ、社長……?」
ドアに近づくにつれて激しさを増す鼓動を堪えながらスコットは鍵を開ける。
そしてスゥッと深呼吸してドアノブに手をかけた……
「は、はい! どちら様ですか!?」
このドアの先に待つのがドロシーであることを期待しながら。
「あ、久し振り……元気してた?」
だが待っていたのはドロシーではなく、15番街区のヴァネッサの店で働くレンだった。
スコットは反射的にドアを閉め、顔面蒼白になりながらドアに背を付けた。
「え、え? 何で? 何でレンさんが俺の部屋に? えっ、ナンデ!?」
『ちょ、ちょっと! その反応はあんまりでしょ!? 少しくらいはあたしの話を聞きなさいよ!』
「どういうことだよ……!」
忘れもしない。彼女はスコットがウォルターズ・ストレンジハウスの一員として臨んだ最初の仕事の依頼人。
僅かな間だったがスコットと交流を深め、肉体関係まで結んだ気になるお相手。
『ちょっとー! 開けなさいよー!!』
そして一度、彼自身の手でその心を砕いてしまった被害者。
「うぅううっ! どうして、どうしてこんなタイミングで……!!」
スコットは顔を押さえる。
レンとはあの一件以降会っていない。彼女が嫌いという訳ではなく、彼女を見ると罪悪感で心が痛むからだ。
『こらぁぁぁー! 開けろ! もうちょっとくらい顔見せなさいよ! 抱いたくせにー!!』
「うぐぐぐっ!」
観念したスコットは再び深呼吸してドアを開ける。
「ど、どうも……お久しぶりです」
「酷いわね、アンタ!」
「すみません、いきなり部屋に来られたので……」
「……あたしが部屋に来たら困るの?」
「い、いえ別にそういう訳じゃないですけど……」
「なら、いいじゃないの。こうして会いに来るくらい」
そう言ってレンはスコットの部屋に入る。
レンの瞳にジッと見つめられ、追い返すことが出来なかった彼は沈痛な面持ちで天を仰いだ。
「そうそう、僕は別に悪いことしてないもんね」
同じく13番街区。ドロシーは乗り物鞄をゴロゴロと転がしながらスコットの部屋に向かっていた。
「昨日の僕とは違うけど、僕もドロシーだから。僕らしく行けばいいのよ!」
メイスに発破をかけられたドロシーはふんすと鼻を鳴らしながら彼の元を目指す……
「ふーん、結構良い部屋住んでるのね」
そのスコットの部屋に一足早く訪れたレンは部屋の中を見回して意外そうな顔をする。
「もっと汚くて散らかってるかと思ってたわ」
「まぁ……散らかるほど物を買うわけでも無いですし、一人暮らしも長いんで片付けは心得てますよ」
「残念ね、散らかってたら片付けてやろうと思ってたのに」
「!?」
予想外の発言にスコットは思わずレンを見る。
「冗談よ、冗談。本気にしないでね?」
そんなスコットの顔を見てレンは満足気に笑った。
「か、からかわないでくださいよ!」
「あはは、ごめんね。久々にアンタの顔見たからつい……ね」
レンはスコットのベッドに座り、足をブラブラと揺らす。
「……ところで、どうして俺の部屋がわかったんですか?」
「それはねー、コレよ」
携帯端末を取り出してレンはスコットに画面を見せる。
画面には13番街区の地図と赤く点滅するマーカー、部屋番号と思しき『205』の数字が表示されていた。
「え、これは一体……」
「お客様追跡アプリ。あの日、アンタと別れる前にポケットに発信機を忍ばせておいたの」
「はぁ!?」
スコットは思わずポケットをめくりあげるが、それらしき物は見当たらない。
「あはは、今はそんな所に入ってないよ。この部屋の何処かにあるわ」
「え!?」
「ポケットの中にあの店の会員カード入ってたでしょ? あたしの電話番号付きのヤツ」
「はっ!」
ここでスコットの視線が部屋の隅にある棚に無造作に置かれた会員カードに向く。
事件解決後に部屋に戻った時にポケットに入っていた一枚のカード……
「アレですか!?」
「うん、アレよ。実は発信機入りなのよねー」
「くそったれぇぇー!!」
スコットは叫びながら床を叩く。
捨てるに捨てられなかったあの一枚の会員カードが、レンをこの部屋に呼び寄せる事になるとは思いもしなかった。
「うぐぐぐっ、そ、そんなのアリですか……!」
「まぁ、あたしもアンタがちょくちょく店に顔を出してくれてたらこのまま秘密にしておこうと思ってたんだけど……」
「ううっ……!?」
「全ッッ然、来てくれないんだもの」
レンはベッドを降りてスコットの顔を覗き込み、寂しそうな顔で言った。
「……ひょっとしてあたしとはアレで終わりなの?」
「ほあっ!?」
レンの言葉でスコットは更に追い詰められる。
「まぁ、それならそれで良いんだけどさ……それならハッキリ言ってくれたらなーって」
「い、いやその……俺は」
「ランカやメイもアンタが来るの結構楽しみにしてるのよね」
「……」
そしてレンが口にした二人の名前が更にスコットの気分をどん底まで突き落とした。
「……俺は、その二人を死なせちゃったんですよ」
「やっぱり気にしてたんだ……。アレはアンタのせいじゃないよ」
「いえ、俺が悪いんです。俺が……」
「あーもう、辛気臭いわねー」
レンはスコットの隣に座り、彼をギュッと抱きしめる。
「……自分を責めるのが本当に好きなのね、アンタは。そうする方が気持ちよくなれるから?」
「……ッ!?」
「知ってるよ、アンタがそういう奴だって。自分を悪者にしたほうが気が楽だもんね。特にアンタみたいな訳アリの男はさ」
「お、俺は」
「あたしは頭は良くないし、あんまり気の利いた言葉も出てこないから上手く伝わらないかも知れないけどさぁ……」
「……?」
「いい加減に気付きなさいよ。自分を責めるってのはね、そんなアンタを気に入ってるみんなの気持ちを無視してるって事なんだよ?」
ふと顔を上げたスコットの頬にレンは挨拶代わりのキスをする。
「あの二人はアンタに心から感謝してるのよ。死んじゃったけど、それでもアンタにありがとうって伝えたがってる。あたしだってそうよ……あの日からずっと」
「……」
「アンタが自分をどう思っていようと、あたし達にとってアンタはヒーローなのよ。それだけは忘れないで」
レンが照れくさそうな顔で口にした言葉が、今もスコットを苦しめていた心の傷を癒やしていく……
\ピンポーン/
だが、そんな彼を嘲笑うかのように部屋には無慈悲なインターホンが鳴り響いた。