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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.11 「明けない夜なんてあるわけない」
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3

「あ……ふぅーん……お、折れちゃったの……」


 場所は変わって13番街区 ウィーリー魔法具店。ドロシーに貸した魔法杖が変わり果てた姿で返却され、店長のメイスは顔面蒼白になっていた。


「あははー……ごめんね」


 ドロシーはいつものように笑いながら謝罪する。


「い、いいよいいよ。怒ってないよ? あの杖はアンタに持たせるのがヤバかったってだけで、別に壊しちゃ駄目なんて言ってないからねー」

「そ、そうなんだ」

「うんうん、別に気にしないで! 代金はちゃんと貰ったしね! メイスちゃんは杖の一本が駄目になったくらいじゃ怒らないの!!」


 そう言ってメイスはドロシーに淹れてもらった紅茶を口にする。


 平然を装っているつもりでも大事なコレクションの一つがへし折られたのはショックだったらしく、手元はカタカタと震えていつも以上に顔色も悪い。


「……これ、お詫びのお菓子。食べる?」

「食べりゅうぅうううううううー!!」


 だが、ドロシーがそっと高級焼き菓子の詰め合わせを差し出すとすぐに飛びついた。


「……」

「あぁ、おいしぃ……やっぱり甘いのって最高……」


 幸せそうにお菓子を頬張るメイスを見てドロシーは呆気に取られる。

 記憶を受け継いでいるとは言え、本当にこれで許してもらえるとは思ってもいなかったからだ。


「……ねえ、メイスちゃん」

「なーに?」

「今日の僕を見てどう思う?」

「んー?」


 メイスはお菓子を食べる手を止めてそんな事を言うドロシーに目をやる。


「どうって?」

「……変わったところとか、ないかな」

「そうだねー」

「……」

「いつもより気を使ってくれる分、前のドロシーちゃんよりも可愛らしく見えるよー」


 メイスは屈託のない笑顔で言った。


「……真面目な話なんだけど」

「ワタシに杖以外の真面目な話題を振るのが間違いさー。ワタシにとっちゃ今のアンタもドロシーちゃん。大事な大事なお客様だよー」

「……む」

「そりゃ前のドロシーちゃんにはもう会えないのは寂しいよ? 命を救われたしねー、はぐはぐ」


 メイスは手に持った菓子を頬張り、もくもくと幸せそうに食べる。


「……ぱぐっ!?」


 そして喉に詰まらせ、唯でさえ不健康的な顔を更に青くしてもだえ苦しむ。


「ぱ、ぱぱぐっ! ぱっ、ぱぐぷっ! ごくごくごく……っ!!」


 紅茶を流し込んで何とか一命を取り留め、ほふぅと胸を撫で下ろすメイスをドロシーは何とも言えない顔で見つめていた。


「うぴぃ……死ぬかと思った。ドロシーちゃんの紅茶が無かったら死んでたね」

「……そう、良かったね」

「まー、別に深く思い詰める事もないと思うよ。アンタはアンタ、今のドロシーちゃんとして生きていきな。ルナちゃん達は優しく迎えてくれただろう?」

「……そうね」

「うんうん、それでいいじゃない。まだ起きたばかりで不安もあるだろうけどさ」

「でも、()()()は僕を見て帰っちゃったよ」


 ここでドロシーは顔も合わせずに家を出ていったスコットの姿を思い出す。


 彼女なりに努力したつもりだった。

 彼女なりに昨日のドロシーの真似をして、彼と打ち解けようと声をかけた。

 受け継いだ記憶を元に『昨日のドロシーならこうしただろう』という仕草を取り、言いそうなセリフも言ってみせた。



『……君は、誰だ?』



 しかしスコットには彼女をドロシーとして受け入れられなかった。


「あの人は、僕に『君は誰だ』って言ったの。本当に知らない人を見るような顔で……」

「んー……」

「僕は、やっぱり違うんだね」

「うん、それはアレよ。ドロシーちゃん」

「……何よ」

「その男が悪い」


 ここでメイスはドロシーではなくスコットを非難した。


「えっ」

「いや、目覚めたばかりの女の子にいきなり『誰、お前?』っていう男は駄目だと思うのよ。本人の気持ちも知らないでねー」

「え、でも僕は……」

「まぁ、男ってそういうものよ。女の気持ちは男にわかるわけないからねー。その行動がどれだけ悩んだ末に出たものなのか、考えもしないでズバッと口に出すのよー」

「……」

「自分に向けられる想いには鈍感な癖にこっちの『知ってほしくない』、『察してほしくない』所だけはすぐに嗅ぎ付けるしねぇ。同じ人間でも男と女は違う生き物、そこを覚えておかなきゃ駄目よー」


 ドロシーはメイスの言葉を黙って聞いていた。

 ふと受け継いだ記憶を辿ると思い当たる節は幾らでも出てくる。


「そうね……」

「そうそう、だからドロシーちゃんは悪くないのよ。悪いのはあの……誰だっけ?」

「スコット君」

「そう、スコット! スコットが悪い!!」


 完全にメイスの言葉を鵜呑みにしてしまったドロシーの目つきが変わる。


「……うん、そうだね。あの人も悪いよね」

「わかってきたようね、ドロシーちゃん。男が背中を向けた時、何でもかんでも自分に非があると思うのは間違いだよ」

「……そうね」

「あの男が悪い! 悪いのはあの男! ソイツの家はもう知ってるね!?」

「……うん」

「じゃあ行ってきな! アンタが受けた悲しみをそのままぶつけておしまい! 手加減は要らないよ!!」

「ありがとう、メイスちゃん……!」


 ドロシーはメイスに礼を言って席を立ち、意気揚々と店を出ていった。


「また来てねー、待ってるよー!」


 カラン、カラーン


「……ふふんっ」


 ドロシーが店を出たのを確認し、メイスは不敵に笑いながら焼き菓子を手にとる。


「まぁ、前のアンタが正直にヒミツを打ち明けていれば……彼はアンタを優しく抱きしめてくれただろうけどね」


 にししと愉しそうに笑いながら焼き菓子を齧る。


「んぐっ。ヒミツを教えた所でどっちも傷つくし、その男もアンタを守ろうとしてもっと無茶しただろう。最悪、無駄死にしてたかもー? お互いに惚れた相手が悪かったってことだねぇ、ふふふふっ」


 500年もの年月を生きているだけあり、メイスはドロシー以上に達観した価値観と捻くれた性格をしている。

 ドロシーと会話をしている間、『あっ、今日のドロシーちゃんはチョロいわね!』と内心ほくそ笑んでいたに違いない。


「ま、杖を駄目にしたのはこれでチャラにしてやるわ。精々、頑張りなー」


 そしてこう見えて彼女は根に持つタイプなのだ。


 貴重で大事なコレクションをへし折られても謝れば許すような立派な大人ではない。


 500年間熟成されたヴィンテージ級のダメ人間を甘く見たのがいけなかった……


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