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お察しの通り、実はジェイムスさんは彼女の事が……
「ドリー? そろそろお昼にしましょう」
『……』
ルナはドロシーが引き篭もる書斎をノックして声をかける。
「ドリー、いい加減に出てきなさい」
『……』
「……出ませんわね」
もう2時間もドロシーは部屋に籠もっている。
マリアはともかくルナの呼びかけにも応じないのは珍しい事だった。
「ドリー、開けるわよ?」
『……』
「……仕方ないわね。マリア、お願い」
「宜しいのですか? お嬢様に嫌われてしまうかもしれませんわよ?」
「構わないわ」
マリアは人差し指の爪を針のように細長く尖らせて鍵穴に差し込む。
数秒ほどキリキリと穴の中で動かした所でガチャリと鍵が開いた。
「ドリー、入るわよ」
ドアを開けて中に入ると、部屋の何処にもドロシーの姿は無かった。
「……あら」
「あらあら?」
ルナが奥に入ると机の上に一枚の紙が置いてあり、解放厳禁である筈の書斎の隠し扉が開けられていた。
『Something came up. Don't look for me! Dorothy』
-用事が出来たから少し出かけてくるわ、探さないでね!- ドロシーより
そう書かれた紙を手に取り、ルナは困ったような笑みを浮かべる。
「……もう、本当にあの子は」
「お嬢様の行き先に覚えは?」
「さぁ、何処かしら。私にはわからないわ」
マリアにドロシーの置き手紙を渡し、隠し扉を閉じて彼女は部屋を後にする。
「……あら、この紙は」
マリアはふと渡された紙を裏返す。
それはドロシーが懇意にしているとある魔法具店の手書きパンフレットだった。
◇◇◇◇
「すみません、ジェイムスさん。急に呼び出しちゃって……」
場所は変わってリンボ・シティ4番街区の喫茶店。かつて彼にコーヒーをご馳走された店でスコットはジェイムスを呼び出した。
「いや、いいんだ。今日は俺も休みだったからな」
「そうですか……」
「それで、俺に聞きたいことってのは?」
大方見当はついているがジェイムスはとりあえずスコットに問う。
「……社長について」
「はっはっ、だよな」
予想通りの答えにジェイムスは乾いた笑いを上げた。
「何から聞きたい……って言っても俺はアイツの全部を知ってるわけじゃないぞ? 確かに君よりは長い付き合いだが」
「それじゃ、ジェイムスさんが彼女について知っている事を全部」
「遠慮なく聞くね? 少しは躊躇しろよ」
「……お願いします」
スコットはジェイムスに頭を下げる。
その表情と様子から色々と察したジェイムスはブラックコーヒーに一口つけ、小さくため息をついた。
「……ドロシーは君のことを忘れていたか?」
「いえ、忘れては……いませんでしたが」
「それならまだマシな方だな」
「それでも、その……違うんです。彼女は、昨日までの社長とは」
「……だろうな」
ジェイムスは深く席に腰掛け、数秒ほど天井を見上げた後でスコットに聞く。
「……ドロシーの正体についてはもう教えられたか?」
「……はい」
「そうか、なら話が早いな」
コーヒーに再び口をつけ、スコットの目を見ながらジェイムスは言った。
「彼女の事はもう忘れろ。それが君のためだ」
「……えっ」
ジェイムスが口にした言葉にスコットは呆気にとられる。
「え、いや……」
「ドロシーの正体を知っているなら……これ以上俺が言えることはないんだよ。あの天使が現れるたびにドロシーは全力を使い、その命を燃やし尽くす。そして記憶を受け継いだ新しいドロシーとして生まれ変わる。その繰り返しだよ」
「あの、ジェイムスさん。俺が聞きたいのは」
「俺に言えるのはそれだけなんだ。俺がドロシーの為に出来ることはないし、君のためになるアドバイスが出せるわけでもない。ただ、そういう女だと受け入れるしか」
「俺が聞きたいのはそんな話じゃないんですよ!!」
カッとなったスコットは思わず立ち上がってテーブルを思い切り叩く。
「……あっ」
「まぁ、落ち着いて座れ。ここは一桁区だ」
「……すみません」
静まり返る店内。突き刺すような周囲の視線で我に返ったスコットは、ジェイムスに諭されて席につく。
「……気持ちはわかるよ。俺も最初はそうだった」
「最初……ですか」
「ドロシーとは長い付き合いだからな」
ジェイムスは窓の外に目をやり、何かを思い返しているかのような顔になる。
「……どうしてドロシーがこの街の皆に嫌われてると思う?」
「……それは、その」
「化け物じみて強いから? いやいや、それはないよ」
「えっ?」
「この街の皆はドロシーが嫌いなんじゃない。ドロシーを好きにならないようにわざと突き放してるんだ」
ジェイムスは言った。その言葉の意味が理解できないスコットは硬直するが、彼は淡々と話し続ける。
「記憶を受け継ぐだけじゃどうにもならない事もあるんだ。君がそうであったように、どんなに誰かと仲良くなってもドロシーは必ず別人になる」
「……」
「仲が良くなれば良くなるほどそのショックは大きいだろう。昨日まで盛り上がっていた話題が通じなくなったり、昨日までとはまるで態度が違ったり……とにかく違和感が凄いんだよ。そこで思い知らされるんだ、今までのドロシーは居なくなったんだとな」
「……お、俺は」
「君もそうだっただろう? 君は彼女をドロシーだと思えたか??」
スコットはジェイムスの言葉に反論できなかった。
「この街の人間は皆そうさ。心からドロシーを嫌っている住民は少ないと思う……まぁ、俺含めて心から嫌ってる人間もいるだろうが。ドロシーの性格が悪いのは事実だし、人間として受け入れたらアウトのブッ壊れ精神の持ち主だからな」
「……」
「……それに、いくら仲良くなってもドロシーはその思い出を忘れてしまうんだ。だから必要以上に仲良くならない、あまり深く関わらないのが……ドロシーの為なんだよ」
「……そんなの、アリですか」
「……」
「彼女は、彼女は頑張ったんですよ。彼女が一番、頑張って……傷ついて……! それなのに、どうして彼女がそんな目に遭わなきゃいけないんですか……!!」
込み上がる感情を抑えきれなかったスコットは再び席を立つ。
既に店員からは困った客だと警戒されており、常連客達もヒソヒソと彼について話し合う。
「……俺に言われても困るよ」
「あんまりじゃないですか……! 彼女は、この街の為に」
「あのさ、ここからは俺が聞きたいんだけど。そこまでドロシーを心配してるなら何でまだこの店に居るんだ?」
ここで感情的になるスコットにジェイムスは問う。
「えっ」
「君の気持ちはわかるよ、スコット。でも、そのイライラを俺にぶつけた所で何の解決にもならないよな? スッキリはするかも知れないが」
「……え、あ、はい……」
「だったらスコットなりの解決策を探してみろ。君がドロシーの為に何か出来ることがあるって言うなら、さっさとそれを見つけてみせるんだな」
「……」
「あのさ、俺はドロシーの事が大嫌いなんだ。アイツが嫌いな俺にこれ以上のアドバイスを求めるなよ。これ以上はもう『会社を辞めろ』しか残ってないぞ?」
ジェイムスはスコットの顔を見つめ、何処か期待しているような表情で言った。




